2024年は、東京都知事選や兵庫県知事選などが行われる中で、特に政治やメディアの在り方に関して、日本国民の意識が大きく変化していっているのを実感する一年でした。特にテレビや新聞といったマスメディアに対する不信感は限界点を突破したかのように、「偏向報道や報道しない自由」についてオールドメディアへの批判的な意見をYoutubeやSNSなどで見かけない日がない程です。
そんな中で今回は、オールドメディアの中心的な位置づけであるNHKについて考えてみたいと思います。NHKは日本の公共放送で、まさにテレビ文化と共に歴史を刻んできた象徴的な放送局です。近年では「NHKは必要ない」といった声も上がるようになっていますが、日本の国家として公共放送としてのNHKは、本当になくなっても良いのでしょうか。
昭和生まれのテレビ離れ人生
私は昭和50年代生まれの、いわゆる第二次ベビーブーム・団塊二世といわれる世代で、執筆時点40代半ばの人間です。生まれた時には既に家にテレビがあった時代です。そんな私ですが、今現在(令和6年)には家にテレビがない生活をしており、完全にテレビ離れを終えてしまっています。
公共放送の是非について考える前に、まずは「テレビ離れ」が起きていった時代の流れを私個人の主観に基づいてまとめてみます。
子供時代 (昭和~平成)
生まれたころから家にカラーテレビがあった私は、幼いころは必死にテレビのアニメ番組を観ていたことを覚えています。特に好きな番組は、VHS(ビデオ)のテープに録画して、何度も擦り切れる程見ていたものです。
当時は外で遊ぶか家でテレビを見るくらいしか遊ぶ方法がなく、小学生の頃になるとファミリーコンピューター(ファミコン)が流行してきましたが、それでも今と比べて本当に娯楽が少ない時代だったと思います。
アニメ以外はあまり観ていた記憶はありませんが、朝食や夕食のときはリビングのテレビはニュース番組などを映していたような気がします。ニュースの内容は幼かったのでほとんど覚えていませんが、日航機墜落事故(昭和60年)や昭和天皇の崩御(昭和64年)のような、長期間にわたって報道されていたものは何となく記憶にあります。
NHKに関して言うと、幼少の教育として「大河ドラマ」を見せられていました。正直ほぼ内容は覚えていませんし、当時は半分も理解できていなかったのだろうと思いますが、それでも平成2年に放映された「翔ぶが如く」とかは面白かったと感じたのか今でも観ていたことを覚えています。
青年時代 (平成)
高校生くらいになると、視聴するテレビ番組も変わっていきました。特に大きな変化は友人とカラオケに行ったりするようになったことで、流行の曲を覚えるために音楽番組を好んで観るようになったことを覚えています。ダウンタウンのHEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP(平成6年~)を観ていないと、学校の話題に付いていけない程でした。また月9ドラマのようなテレビドラマが人気で、出演している俳優やストーリーなど、学校などで盛んに話されていました。
大学生になってしばらくしてから、徐々に携帯電話やインターネットが普及していきました。大学に入ってからは、サークル活動や飲み会などで家にいる時間が少なくなったこともあり、徐々にテレビを見る時間は少なくなっていきました。この頃になると、1年の間を通して「NHKの紅白歌合戦で流行りの歌手だけを観る」くらいしかテレビを見ていなかったように思います。
社会人になってからは更にテレビ離れが進み、仕事を終わって帰宅しても、インターネットとパソコンだけで過ごす生活となっていました。この頃にスマートフォンが徐々に広がり始めたように思います。それでも家にテレビは所有していて、個人的には「公共放送としてのNHKは必要」という気持ちもあったことから、引き落とし手続きをしてNHKの受信料は払っていました。
結婚~子育て(平成~令和)
テレビを観ない生活が当たり前になっていましたが、結婚して子供が出来たことでまたテレビのある生活に戻ることになりました。妻がテレビが必要という人だったので、子供が生まれてしばらくしてから新居へ引っ越すというタイミングで、リビングには立派なテレビを購入することにしました。これが、人生最後のテレビです。
私は朝から深夜まで仕事という生活をしていたため、リビングのテレビを見る機会はほぼありませんでした。家にいる時に地震があった際などに、リビングのテレビの使い方を妻に教わるような状況でした。
妻や子供が何の番組を観ていたのかは正確に把握していませんが、NHKの受信料は変わらず引き落とし払いで払っていましたし、有事の際に観ることはあると思っていて特段不満には思っていませんでした。
引っ越しでテレビを捨ててNHKを解約
色々あって妻とは離婚することとなり、購入していたマンションを手放すことになりました。引っ越しで持っていく荷物をまとめる際に、独り暮らしには大きすぎるテレビだったので持って出ることを断念し、家を購入してくださった方に譲りました。
完全にテレビとお別れしてからもう2年以上が経過しています。
NHKの住所変更と解約手続き
実は引っ越ししてからもしばらくの間、テレビがないのにNHKの受信料は継続して支払いを続けていました。テレビは持っていないけれども「公共放送は必要だ」という気持ちと、解約したいけど住所変更などの「手続きが面倒くさい」という気持ちの間で揺れていました。
そうしていると、引っ越しして半年くらいした頃に、NHKから「受信料の支払いしてください」という通知が郵送で届き、その後しばらくしてからNHKの方が訪ねてきました。
訪ねてきたNHKの方に、当時の状況(支払いをしている事と住所変更が必要な事、そして解約を希望していること)を伝えたところ、少し訝しがられましたが、特に強制されたりすることもなく、解約に応じていただけました。予め届いていた通知をお渡しし、NHKの方がその通知のはがきにその場で何か記入され、「住所変更手続き後に解約手続きしておきます」と言われて終了という、何とも迅速であっけない幕引きでした。
ネットや各種報道などで、NHKは「解約させてくれない」とか、「テレビがなくても支払わせようとする悪徳業者」などという噂を聞いたことがあったので心配していましたが、私の場合は至って普通の対応だったので、拍子抜けした感じです。住んでいる地域や担当者にも依るのかもしれません。
それから1年くらいしてから、違うNHKの方が来られて「支払いしてください」とのことを言われたので、上記のような流れで手続きをしている事を伝えたら、分かりましたと帰られて、以降NHKの方は来られていません。
公共放送はあった方が良いのか
個人的には「公共放送はあった方が良い」と考えているので、実は解約手続きをする際にもNHKの人にも聞いてみました。
「テレビは持っていないけど、パソコンとかスマートフォンで観る方法は提供されていないか」と聞いたのですが、残念ながらありませんというご回答だったので、それなら仕方ないので解約をしましょうという流れでした。もうテレビ自体が家にないので、どうしようもありません。
日本国内で未曽有の大災害が起きた際や、国防上の大きな問題が発生している場合など、国家として国民に情報を周知するインフラは、何かしら必要だろうと考えています。
それが、NHKのようなテレビ放送局という形態が良いのかどうかはまた別の話ですが、なんらかの形で国の情報インフラを設けておくべきだと思うのです。
2024年の5月には放送法が改正され、NHKはインターネットを通じた番組の提供が必須業務となることになっています。
出典 : NHKネット活用業務を必須業務化する法改正成立 – NHK
この法改正で、スマートフォンやパソコンを通じてNHKの番組が視聴できるようになりそうではありますが、受信料や番組の視聴方法がどうなるのかなど不安要素だらけで、今後の動きには気を付けておかなければなりません。
民放やYoutubeではダメだと考える理由
私は、日々のニュースの情報の多くはYoutubeやX(旧Twitter)などから収集しています。スマートフォンではなくパソコンを使って視聴することがほとんどです。しかしそんな私であっても、公共放送は民間の放送局やYoutubeなどではなく、別途固有のインフラが必要だと考えています。
その主な理由の一つは、「資本等利権の繋がりがあると公平性を保つことが難しい」ことにあります。
一般の民間放送局の場合、出資している企業のスキャンダルや不正を放送してしまうと、その放送局は事業として継続できなくなる可能性もあるでしょう。また、政治的な優遇を推し進めてくれた政治家にとって都合が悪いニュースは報道しづらいなど、様々なフィルターが入ってしまいます。
国民全員がメディアの役割を果たすことが出来るインターネットメディアは公平性の面では非常に優れた媒体ですが、「日本という国の公共放送」として扱う場合には注意が必要だと考えています。
Youtubeのような外国資本のインフラの場合、日本という国の緊急時に、日本の判断だけでは緊急の情報を伝達できない危険性もあり、またインフラの経路の安全性が確保できない以上、国防上危険のある国家などに情報が漏洩する危険性もあるかもしれません。漏洩して困るような情報を放送するとは思えませんが、少なくとも日本のインフラが外部と接続しているという状況は、漏洩・侵入の危険性があるという状況なので、国としては好ましくない状況でしょう。
公共放送は、そういった諸問題を抱えないように、「日本独自のインフラを国民の手で支える形」が望ましいのではないでしょうか。少なくともNHKはそういった趣旨・目的で運用していこうとしているように見えます。ただ実際には、内閣総理大臣よりもNHKの会長の方が給料が良かったり、昭和の年功序列のように上役が大半の利益をせしめて若手は薄給という状況があるなど、個人的にはNHKの運営体制に疑問が多いのも事実です。
公共放送の番組と提供方法
テレビからインターネット経由で番組を配信するとなったとしても、個人的には受信料を払いたいとは思えません。公共放送は必要と言いながら受信料を払いたくないというのは辻褄があわないように思いますが、その考えの根本には「NHKの番組に対する不満」があるからです。
今は利用者がコンテンツを選べるのが当たり前の時代です。無料で情報を得ることができる優れたメディアも大量にあります。そんな時代の中で旧態依然とした番組制作を続けているようでは、多くの日本国民は納得しないでしょう。「ただ番組の提供方法がインターネットに変わっただけ」というのであれば、情報の多い世界に慣れた日本国民には受け入れられないでしょう。
特に公共放送として非常時以外の番組制作についてはよく考えるべきでしょう。国民の誰もが再利用可能な教育系の番組や健康増進などを作るのがよいのか、はたまた非常時以外は待機コストとして最低限の受信料とした上で「新たな番組を制作しない」というのも一つの案なのかもしれません。無駄なコストは国民生活を苦しめるだけです。ジャンルを絞って政治・経済・ニュースだけにするといった案もあるでしょう。
インターネット経由での配信をするのは遅すぎるくらいですが、是非外国資本のインフラが入らないように設計・運用するのを徹底して欲しいものです。日本の判断だけですべてを決定することができ、柔軟な運用ができるようにすべきと個人的には考えます。IT後進国と言われる日本ですが、公共放送を再構築していく過程で「世界的な競争力をもったITインフラ技術・企業を育てる」ことを目指すのもいいかもしれません。
公共放送の維持管理にかかるお金の出所
番組制作やインフラの維持管理など、公共放送を行うためにはお金がかかります。その費用は国で賄わなければなりません。今のNHKは、国民から強制的に受信料を徴収するという方法のため、国民の中からは否定的・批判的な意見が多く聞かれています。各国の公共放送の状況はどういったものか見てみましょう。
出典 : 諸外国の公共放送の受信料制度の状況 (PDF) – 総務省
よく公共放送が有料なのが日本のNHKだけだとかいう噂を聞いたりしますが、上記総務省の表を確認する限りでは「有料が一般的」なようにも見えます。国民が負担する金額についても日本が特別なようにも見えませんが、徴収費用が大きいのは気になります。訪問集金は2008年10月に廃止されていますが、未だに大きなコストが掛かっていることは政府でも問題視しているようです。いずれにしても、公共放送は「国民がお金を払って維持する」必要があるものでしょう。ただ、受信料として徴収するのが良いかどうかは議論の余地がありそうです。
現在のNHK受信料を支払わなくて良いのはざっくりとは以下の条件に当てはまる人だけです。
- 生活保護受給者
- 住民税非課税者(世帯全員)
- その他特定の障害をお持ちの方など
詳細は以下のNHKのサイトにて確認ください。半額免除制度などもあるようです。
出典 : 受信料免除の対象となる方について – NHK
つまり、受信料の徴収で生命を脅かすことはないけれども、日本人として生きるなら支払わなければならないものという位置付けになっているようです。
しかし、日本のNHK受信料の徴収率は80%程度で、諸外国が90%以上なのに対して低い状況となっています。つまり、払っていない人がいることで不公平感が生じている状況といえるでしょう。
税金の制度は本当に複雑で、一般的な国民が全てを理解するのは困難な仕組みになってしまっていますが、受信料のためだけに支払い手続きをするのではなく、手間のかからない方法で税金の計算に含めるなど、国民から徴収する方法を考えた方がよいようにも思います。しかし、今の国民感情としてはNHKやオールドメディアに対する批判的な感情が高まっているため、賛同されることはないことが容易に予想されます。
テレビは役割を終えたのでしょうか
第二次世界大戦頃の日本はラジオが一般的で、敗戦を国民に伝えた玉音放送はラジオで行われたことが知られています。しかし、令和の現代ではラジオは残ってはいますが既に主流ではなく、ラジオ放送を聞く手段を持っている人も少ないのではないでしょうか。
昭和の高度経済成長によって急速に普及したテレビは、日本国民に情報を伝えると共に、多くの娯楽を提供して来ました。しかし、ラジオがテレビの登場で淘汰されていったように、より便利なインターネットなどによって今度はテレビが淘汰されつつあります。もう既にインターネット広告出稿費用がテレビ広告出稿費用を追い抜いています。(以下 : Google Search Labs | AI による概要より)
NHKの受信料の推移をみても、急速なテレビ離れが進んでいる状況がグラフに現れています。
2024年の兵庫県知事選挙を通じて、SNSなどではマスメディアへの不信感や批判の声が今まで以上に多く聞かれるようになったように感じます。アメリカの大統領選挙でも同じですが、現実世界がマスメディアの描いているストーリー通りには動かなくなってきているようです。
収益を得られなくなり、影響力も低下していっている現状からすると、役目を完全に終える日は近いのでしょう。ラジオのように何らか違う形で生き残る方法を、業界関係者は必至で模索すべき時なのかもしれません。
発達する情報伝達手段と情報規制
淘汰されつつあるマスメディアは、SNSなどインターネットメディアを批判し、規制するべきだという主張をし始めています。最後の断末魔のようにも見えるこの動きですが、歴史的には珍しい事ではありません。
人々が文字という文明をもち、書物で情報を広めるようになると、権力者はそれらを抑えつけにかかりました。活版印刷術で書物が多く出回ると、それらも封殺しようと躍起になってきた歴史もあります。しかし、現実には人々の情報や文化に対する原動力は強く、権力者の思い通りにはなることはありませんでした。
SNSは紛れもなく「国民の声」です。技術によって、日常会話が世界中どこまでも届くようになったといえるでしょう。日常会話の中には応援も批判も、そして時には誹謗中傷や嘘の情報もあるでしょう。他者を攻撃する誹謗中傷や恫喝のようなことは、許されるべきではなく、今後更なる法改正が必要にもなってくるでしょう。しかし、SNS自体を規制するということは紛れもなく言論統制です。歴史的に見ても、その政策は成功することはないでしょう。
私がIT畑の人間だからというのもありますが、今のSNSの発展は、規制するどころか逆にもっと活用を考えて行くべき時だと思います。以前にも増して、人々が考えていることが文字として表面化しているのです。特に政治の分野では、国民の考えや希望を汲み上げ安く、民意を政治に反映しやすくなったことが2024年に結果として現れてきたと考えられます。他の分野でも、人々の日常的な会話や興味などを分析することが役に立つことも多いでしょう。そういった活用や研究を進めていけば、最終的には、人の悩みなどが自動的にデータ化・分析されて、住みやすい国や地域を作ることに役立てられるような未来が来るのかもしれません。
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