江戸時代の銭湯や温泉は男女混浴が当たり前で、農村や漁村では裸で働く人の姿も珍しくありませんでした。現代の感覚で「裸は恥ずかしい」「裸は性的だ」と感じるのは、実はごく近代の価値観です。
では江戸時代の人々は、何を“性的”と感じていたのでしょうか。
本記事では、江戸の性文化を具体例とともに見ていき、現代との価値観の違いを考えてみます。
江戸時代の裸と日常生活
私たちが「裸は隠すもの」と考えるのは、実はごく近代の価値観です。
江戸時代、人々は裸を恥ずかしがるどころか、ごく自然に受け入れて暮らしていました。
その感覚の違いを知ると、現代の常識がいかに限定的かが見えてきます。
混浴文化と裸の非特別化
江戸時代の町には数多くの銭湯があり、その多くは男女混浴でした。
江戸時代後期になると、幕府は混浴禁止令を出しています。しかしこれは「裸そのものが性的」とされたわけではなく、公衆浴場での湯女(ゆな)による風俗的サービスや、性風俗との結びつきが問題視されたためでした。銭湯は庶民の社交場であり、裸で過ごす空間は日常の一部だったのです。
湯屋には男女の垣根がなく、家族連れや近所の人々が一緒に湯船に浸かりました。
農村や漁村でも裸は自然な光景でした。夏場の農作業で上半身裸のまま働く農民、腰巻だけで海に潜る海女など、労働のために身体をさらすことは当たり前で、性的な意味はほとんど持たれていなかったと考えられています。
生活様式の中の「裸」
江戸時代の住まいは長屋や木造家屋で、プライバシーという概念は希薄でした。襖や障子で仕切られた家屋は音も光も通し、裸を隠す習慣は今よりずっと緩やかです。
現代では考えられないことですが、性生活の音や匂いが漏れることさえも当たり前で、「互いに見て見ぬふり」をすることで社会が成り立っていました。
また、現代のような下着文化も未発達で、湯上がりや就寝時は肌をさらすのが普通でした。
特に子供の裸は珍しくなく、夏場は裸で遊び回ることもよくあったといいます。こうした生活様式の中では、「裸は恥ずかしいもの」という近代的な感覚はまだ生まれていなかったのです。
江戸の性的魅力は「演出」で表現
裸が日常的な江戸の社会では、「肌を見せること」自体に大きな性的価値はありませんでした。
その代わり、人々は仕草や衣装、非日常的な空間を通じて艶やかさを演出し、魅力を高めていました。
着物・髪型・仕草の美意識
江戸時代の女性は、服装や髪型に工夫を凝らし、控えめな露出や所作で色気を表現しました。襟元を少し開いた着物や、うなじや足首をちらりと見せる着こなしは、裸以上に艶を感じさせる要素だったのです。
髪型や化粧も性的サインのひとつでした。結い上げた髪や白粉(おしろい)で整えた顔は「大人の女性の印象」を際立たせ、見た目の美しさと色気を演出しました。こうした「見せ方の技術」は、江戸の町人文化の洗練を物語っています。
遊郭と非日常性の魅力
江戸最大の遊郭である吉原は、ただの売春宿ではなく、非日常を体験するための社交場でした。遊女は会話や芸事の才能を身につけ、客を楽しませることも求められました。その魅力は裸に頼らず、豪華な衣装、優雅な立ち居振る舞い、そして雰囲気づくりにありました。
この世界で特に重視されたのが「香り」です。高価な香木を焚き染め、衣服や髪に移した香りは、遊女ごとの個性を表現する一手段でした。客が香りを嗅ぎ、「あの女性」を思い出せるほど、香りは記憶と結びついた魅力の象徴だったといわれます。ただし、このような香り文化は庶民女性には広く普及せず、遊郭や芸者など限られた世界での特別な演出でした。
江戸時代の性的魅力は、裸や直接的な露出よりも、「隠す」「演出する」という美意識を軸にしていたのです。
「艶」という価値観
江戸時代の美意識の中で、「艶(つや)」は重要なキーワードでした。
艶は単なる「美しさ」や「色っぽさ」ではなく、品格や教養をまとった洗練された魅力を意味します。遊女や芸者だけでなく、町人や武士にも「艶っぽい」という評価は最高の褒め言葉のひとつであり、姿勢や立ち居振る舞い、言葉遣いまで含めた総合的な魅力の表現でした。
江戸の人々は、裸のような直接的な表現ではなく、着物や香り、仕草、間(ま)などの工夫を通じて「艶」を演出しました。
この感覚は、現代の「セクシー」という価値観よりもずっと奥行きがあり、知性や文化を含んだ魅力として捉えられていたのです。
日本で女性の裸を性的とする価値観が広まった歴史的背景については、以下の記事で解説しています。💡関連記事 : 女性の裸は“性的”? – 歴史の中で「作られた価値観」
イラストで見る江戸と現代の“性的”感覚
現代はメディアや広告の影響で、「裸」そのものが性的な象徴として強調されています。
しかし江戸時代には、裸があまりにも日常的で刺激が弱く、性的な魅力は「演出」や「非日常性」で高められていました。
あなたはどちらを“性的”だと感じるでしょうか?
これから紹介する2組のイラストを、ぜひそんな視点で見てみてください。


さらにもう一組、別の視点で比べてみましょう。


(画像一枚目)
現代の価値観では、「うなじや背中」よりも「胸」が性的な部位とされる傾向があります。
(画像二枚目)
「下着姿」とは違い、「裸」は現代日本では強く性的なコンテンツと見なされます。
そのため、こうしてWeb上に掲載する場合にも慎重な配慮が求められます。
一方で、江戸の人々にとっては、右の画像のような“恥じらい”や“所作”の演出の方が、裸そのものよりも艶やかで色気を感じさせるものだったと考えられます。
裸は「ただの身体」に過ぎない、そんな価値観がそこにはあったのです。
この感覚は、現代で話題になった「赤いきつね」CM炎上の議論にもつながっていきます。
コラム:2025年「赤いきつね」CM炎上と“性的”の価値観
2025年、東洋水産のカップうどん「赤いきつね」のCMが炎上し、話題となりました。
アニメキャラクターの女性が頬を赤らめながらうどんを食べる描写に対し、「性的すぎる」という批判が一部で起き、同時に「どこが性的なの?」という反発の声も多くあがったのです。

この騒動を江戸の美意識で見れば、「頬の赤らみ」「口元の動き」「恥じらい」は十分に艶やかなサイン。裸そのものよりも仕草や表情に色気を見いだす感覚は、まさに江戸時代的な価値観に近いものでした。
この騒動の背景にある価値観の違いは、歴史をたどると次のように整理できます。
- 批判した人の価値観:江戸時代まで続いた「艶やかさ・仕草・色気」を“性的”とする考え方
- 反発した人の価値観:明治以降に広まった「裸そのもの」を“性的”とする欧米的な価値観
常識を疑う視点―江戸と現代の“性的”価値観
江戸時代の人々にとって、裸は特別なものではなく日常の一部でした。性的な魅力は、豪華な着物、整えられた髪型、所作や仕草などの「演出」によって生み出されていたのです。
現代の「裸=性的」という常識は、歴史をひも解けば絶対的な価値観ではありません。
私たちが「当たり前」だと思う感覚は、時代や文化で大きく変わるもの。歴史を知ることは、その固定観念を疑い、多様な視点を持つ手助けになります。
当たり前の日本の伝統・風習と思っていても、実は歴史が浅く、人のお金儲けのために作られた風習ということもあるものです。
💡関連記事 : 100年ちょっとの「伝統」!?ビジネスが生んだ日本の習慣3選
また、常識を信じすぎると視野が狭くなり、人の命さえも奪う危険性がある事を歴史は教えてくれています。
💡関連記事 : 常識はときに人を殺す ― 森鴎外と脚気の教訓
最後に、文中でも紹介しましたが、女性の裸を性的とする価値観が作られた歴史的背景について、以下の記事でまとめていますので、興味のある方は是非ご覧ください。