芸術や伝統などの「文化」の他、風俗・生活習慣を含めた、共有する価値観・信念・行動様式としての「文化」も扱います。由来や変遷などをたどり、現代の常識や当たり前を見直します。
言語 Godは神と訳していいのか ― 翻訳が生んだ認識のズレ
Godはなぜ日本語で「神」と訳されたのか。その翻訳の背景と、英語と日本語における「神」の捉え方の違いから、言葉が生んだ認識のズレを整理します。
言語 divineとsacredの違い ― 「神聖な」にまとめてしまう日本語の感覚
divineとsacredの違いを、辞書的な意味だけでなく英語話者のニュアンスから整理します。言葉の違いを手がかりに、文化や宗教観の背景にも目を向けてみます。
社会 道徳教育は宗教か思想か ― 倫理・修身との違いから考える
道徳教育は宗教や思想なのか。それとも社会に必要な教育なのか。倫理・修身との違いや、憲法が保障する思想の自由との関係から、道徳教育の位置づけを冷静に考えます。
思想 江戸後期の国学 ― なぜ学問から「神の国」の思想が生まれたのか
江戸後期の国学は、なぜ「神国日本」という思想に至ったのか。江戸中期国学の方法論、平田篤胤の思想と時代背景を手がかりに、学問が思想へと変化した過程を整理します。
思想 江戸中期の国学 ― 全てを理屈で説明できるのか
国学というと尊王思想や愛国主義を連想しがちですが、その始まりは人の心の動きを見つめ直す学びでした。江戸中期の国学を、契沖・賀茂真淵・本居宣長の思想の流れから読み解きます。
思想 「顔洗って落ち着いて」― 水で切り替える日本人の感覚とその由来
感情が乱れたとき、日本人はなぜ水で気持ちを切り替えるのでしょうか。禊に通じる神道的な発想と、顔を洗う・風呂に入るといった日常習慣の由来を、海外との違いも交えて解説します。
思想 なぜ塩を「まく」のか ― 清めとしての塩と、日本人の境界感覚
葬儀の後に塩をまくのはなぜか。清めとされる塩の意味や、「まく」という行為が持つ役割を、境界という視点から読み解きます。
思想 江戸中期の陽明学 ― なぜ社会は良くならないのか
江戸時代、朱子学が広がる社会の中で「なぜ正しさが行き届かないのか」という違和感が生まれました。本記事では、江戸中期に陽明学がどのように受容され、社会や思想の中でどのような意味を持ったのかを読み解きます。
思想 なぜ江戸時代に学問・思想が広がったのか ― 朱子学の先へ
江戸時代には、朱子学を基盤としながらも多様な学問・思想が広がっていきました。朱子学の成功とその限界、識字率や出版文化の発達から、その背景を読み解きます。
言語 会釈は英語で何と言う? bowに見る言語と文化の交差点
日本語の「会釈」は英語でどう表現するのでしょうか。bow の意味や発音の違いを手がかりに、言語から見える文化の差や、英語圏で会釈が誤解されやすい理由を分かりやすく解説します。