💡この記事は、日本の伝統宗教「神道」特集の一部です。
赤は、日本では縁起のよい色として親しまれてきました。
その感覚は、どこから来たものなのでしょうか。
身近な色に込められた意味を、日本人の感覚から辿ります。
身近にあふれる「赤」という色
私たちは日常の中で、赤色を特別なものとして扱ってきました。
しかし、その理由を意識する機会は、意外と多くありません。
鳥居・紅白・赤ちゃんの産着
神社の鳥居や紅白の食べ物、赤ちゃんの産着など、日本の暮らしの中には「赤色」が特別な意味を持つ場面が数多く見られます。
祝いの席や節目の行事では、赤が自然に選ばれ、違和感なく受け入れられてきました。
これらはいずれも、「赤=縁起のいい色」という共通の感覚に支えられています。
赤は特別な説明をしなくても、祝いや守りの文脈で使われてきた色だと言えるでしょう。
「なぜ赤なのか」という素朴な疑問
一方で、赤という色は血を連想させる色でもあります。
危険表示や警告色として使われることもあり、決して穏やかな色とは言えません。
それにもかかわらず、日本では赤が「縁起のいい色」として受け止められてきました。
なぜ日本人は、赤に対して肯定的な感覚を抱いてきたのでしょうか。
この素朴な疑問を手がかりに、赤色の意味を辿っていきます。
赤が象徴してきた「生命」のイメージ
赤が縁起のよい色とされてきた背景には、生命に対する感覚が深く関わっています。
血の色=命の色という感覚
赤は血の色であり、生命そのものを直感的に想起させる色です。
血は怪我や死と結び付くこともありますが、同時に生きている証でもあります。
日本人にとって赤は、恐怖や忌避の対象である以前に、
「命があること」を強く感じさせる色
でした。
この感覚が、赤を祝いや守りの場面で使う土台になっていたと考えられます。
「赤子・赤ちゃん」という言葉に込められた意味
「赤子」「赤ちゃん」という言葉の「赤」は、単に血や生命の色を指しているわけではありません。
日本語における赤には、
未分化で整っていない状態、社会的にまだ完成していない存在
といった意味合いも含まれてきました。(赤裸々、赤の他人、赤字など)
生まれたばかりの子どもは、確かに生命そのものですが、同時に非常に未熟で、周囲の支えを必要とする存在でもあります。
赤子という言葉は、生命のはじまりを示すと同時に、「まだ途上にある存在」をやさしく包み込む日本人の感覚を表していると考えられます。
赤が「生きている側」を示す色だった
赤ちゃんの産着に赤が用いられてきたのも、その象徴的な例です。
生まれたばかりの命を強く示し、外部からの影響を遠ざけたいという思いが、赤という色に託されてきました。
赤は、死や異常の色ではなく、「こちら側」、つまり生の側を示す色として機能してきたのです。
紅白に込められた「生」と「清め」
祝いの場で用いられる紅白にも、日本人の色の感覚がよく表れています。
赤は、命があることや活力を示す色として、「生きている側」を強く印象づけます。
一方、白は余計なものがなく、整えられた状態を示す色として受け止められてきました。
紅白は、赤で生命を寿ぎ、白で場を清めるという、二つの役割を組み合わせた配色だと考えられます。新たな門出や節目に紅白が用いられるのは、生を祝うと同時に、気持ちや場を整える意味も込められていたのでしょう。
初詣などで見かける巫女は、紅白の装いをしていることで知られています。
以下の記事では、装いの意味合いだけでなく、歴史的な流れを辿りながら、現代の神道における巫女について整理します。
💡関連記事:巫(かんなぎ)と巫女(みこ) ― 歴史的系譜と神道での役割
縁起のよさと「魔よけ」の関係
赤が持つ意味は、単なる「おめでたい色」という説明だけでは語り切れません。
赤は「悪を倒す色」ではなかった
赤について語られる際、「魔よけ」という言葉がよく使われます。
しかし日本的な感覚における赤は、何かを攻撃したり、敵を打ち負かしたりする色ではありませんでした。
赤は、異常なものや乱れが入り込まないようにするための色
として使われてきました。
その意味で、赤は防御的であり、調整的な色だったと言えます。
境界を示し、乱れを防ぐ役割
神社の鳥居は、赤が持つこの役割をよく示しています。
鳥居は壁のように空間を遮断するものではありませんが、そこを境に意識が切り替わります。
赤い鳥居は、「ここから先は日常とは異なる場所である」ということを視覚的に示します。
赤は境界を明確にし、内と外が混ざるのを防ぐための色として機能してきました。
赤と朱は、同じようで少し違う
鳥居や社殿に使われる赤色は、厳密には「朱色」と呼ばれることが多い色です。
朱色は、自然に存在する赤というよりも、顔料として作られた、整えられた赤です。
生命を感じさせる赤を、人の手で調整し、特別な場所に配置する。
朱色は、日常と非日常の境界を意図的に示すために選ばれてきた色でした。
ただし、日本人の感覚では、朱色も赤色の一種として受け止められてきました。
鳥居も紅白も「赤い縁起物」として理解されてきた点に、大きな違いはありません。
血の穢れと赤色は矛盾しない
赤が縁起の色とされてきた一方で、血が穢れと結び付けられてきた歴史もあります。
問題視されたのは「状態」としての血
日本では、怪我や死に伴う血は、制御を失った状態として捉えられ、秩序の乱れを象徴するものとされました。
しかし例え血を穢れとして遠ざけたとしても、血の色である「赤色」は同一視されませんでした。
赤色は「血・生命が抽象化」されたものであり、状態として受け止められていた「現実の血」とは、必ずしも強く結び付けられなかったと考えられます。
祝い事である出産においても、それに伴う出血は穢れとして遠ざけられました。
血の穢れについては、以下の記事で詳しく解説しています。
💡関連記事:血を穢れ(けがれ)とする神道 ― 女人禁制に繋がる日本人の価値観
赤は穢れを遠ざける色
一方で、赤色そのものは穢れを呼び込む色ではありません。
むしろ、穢れや異常が入り込まないようにするための色として使われてきました。
赤は、穢れと隣り合いながらも、それを遠ざける役割を担ってきた色だったのです。
意味はないけど意味がある「色」
色は本来ただの見え方の違いでしかありません。
しかし人は生活の中で、その色に様々な意味を見出してきました。
私たちの身近にあるさまざまな色の中には、日本人の中で形作られてきた文化的な蓄積が影響しているものも多く、改めて目を向けてみると面白いものです。
文化が違えば、色の意味も変わる
興味深いのは、色の感覚は文化や地域によって異なるという点です。
日本では赤が縁起のよい色とされてきましたが、それは世界共通ではありません。文化が違えば、赤に対する印象も大きく異なります。これは赤色に限った事ではありません。
目に入ってくる日本の日常の風景を彩る様々な色は、日本人にとって心地の良い色使いかもしれませんが、日本を訪れる外国人にはまた違った印象に見えているのかもしれません。
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本記事は、以下の神道特集の一部です。
穢れと祓い、神の使い、国家神道との違いなど、神道について解説した記事をまとめていますので、興味のある方は是非ご覧ください。

