現代では「スカート=女性らしい」「ズボン=男性的」という価値観が当然のように受け入れられています。しかし、これは普遍的な真理ではなく、歴史の流れの中で形成された「後付けの常識」にすぎません。
スカートが女性性を象徴するに至った背景には、ズボンが「男らしさ」と結びついていった歴史があるのです。
古代・中世:スカート型は当たり前の服
古代から中世にかけて、スカート型の衣服は男女を問わず広く着用されていました。ズボンがむしろ特別な存在だったのです。
男女ともスカート型の衣服
古代ローマでは、チュニックやトガといった布を巻き付ける服が一般的でした。中世ヨーロッパでもローブやカフタンなどが用いられ、性別による大きな違いはなく、社会階層や職業による区別の方が重要でした。

スカート型は縫製が容易で、布をそのまま利用できるため「自然な選択肢」だったのです。
ズボンは「異文化の服」
一方でズボンは、スキタイやモンゴルといった騎馬民族に由来する特殊な服でした。乗馬や戦闘に適した実用性を持っていましたが、ローマ人にとっては「野蛮人の服」ともみなされました。

この段階では「ズボン=男性」「スカート=女性」という区分はまだ存在していません。
戦闘装束として発明されたズボン
考古学的には、約3000年前の中央アジアで出土した羊毛ズボンが最古の例とされています。
股下や膝が補強され、明らかに「馬に乗る」ための設計でした。
ズボンは日常着ではなく、騎馬戦士が戦闘で生き延びるために発明した特殊な装束だったのです。作るのはスカートより手間でしたが、馬上戦闘での機動力・安全性という圧倒的な利点があったため、労力をかけても普及しました。
近世:ズボンが「男らしさ」と結びつく
16世紀以降、ズボンは徐々に男性服の代名詞となっていきました。
その背景には軍事や社会構造の変化がありました。
軍事とズボンの普及
銃火器と騎馬戦の時代、機動力が求められる戦場でズボンは不可欠な装備となりました。ヨーロッパ各国の軍服はズボンを標準とし、「戦う男の服」というイメージが定着していきます。
日本でも、明治維新以降の近代化の過程で、西洋式の軍制とともにズボン型の軍服が導入され、以後「男性の標準服」として定着していきました。

産業革命と合理性の象徴
18世紀後半の産業革命では、工場労働や都市生活が広がり、活動的で安全な服が必要になりました。

裾が機械に巻き込まれにくく、汚れにも強いズボンは合理的な労働着として普及。やがて「実用性=男性らしさ」の象徴として社会に根付いていきました。
19世紀:スカートが「女性の象徴」に変わる
ズボンが男性の象徴となる一方で、スカートは女性の専用服へと意味づけられていきました。

ヴィクトリア朝の性差強調
19世紀イギリスでは、女性は家庭と美徳を体現する存在とされました。華美なスカートやドレスは「女性らしさ」を表す装飾であり、社会制度と結びついた役割を反映していました。
この時代、女性がズボンを履くことは社会的タブーであり、法的に禁じる国さえありました。
フランスでは女性のズボン着用禁止令が20世紀まで形式上残っており、2013年にようやく廃止された。
スカート=女性服という価値観の定着
こうして「ズボン=男性らしさ」の裏返しとして、「スカート=女性らしさ」というイメージが強固になりました。服装の違いは単なるファッションではなく、性別役割を固定化する社会的規範そのものとなっていったのです。
💡スカートが「女性らしい」とされた理由
ズボン = 男性らしい服
ズボンでない服(=スカート) = 男性らしくない服 → 女性服
つまり、スカートそのものに女性性が宿っていたわけではなく、ズボンの男性性が強調された結果、対照的に女性の記号とされたのです。
20世紀以降:ズボンは中立化、スカートは記号化のまま
20世紀に入ると、女性の社会進出とともにズボンを履く権利が広がりました。しかし同時に、スカートは「女性性を象徴する記号」として残り続けます。
女性のズボン解禁
第一次世界大戦では女性が労働力として動員され、作業着としてズボンを着用。戦後にはファッションとしても普及し、ズボンは性差を超えた「中立的な服」となっていきました。

時期 | 出来事・特徴 |
---|---|
江戸時代 | 女性は着物が基本。袴は武家女性や特定の職業のみ。 |
明治時代 | 女子の袴が学校制服で広まるが、ズボンは一般的ではない。 |
大正~昭和初期 | 農村でモンペが普及。女性労働の実用服として利用。 |
1940年代 (戦時中) | 空襲・勤労動員を背景に政府がモンペを推奨。 女性が大衆的にズボンを履いた最初の事例。 |
戦後直後 | モンペは「戦時の象徴」として急速に廃れ、洋装スカートが主流に。 |
1960~70年代 | 女性用パンタロンやジーンズがファッションとして定着。 |
1980年代以降 | 制服や職場服にもスラックス導入。ズボンは性別を問わない実用服に。 |
スカートは「女性らしさ」の記号に
一方でスカートは依然として「女性らしさ」を強調するアイテムとして扱われました。
制服や礼装で女性のみスカートを求める習慣は、服装を通じたジェンダー区分の象徴として根強く残ったのです。
現代のファッション業界では「メンズスカート」も提案されていますが、依然として社会的な抵抗感は根強く、一般化には至っていません。
問われる「作られた常識」
私たちが「当たり前」と思っていることは、実は歴史が作り上げた相対的な常識にすぎないこともよくあります。
歴史を振り返ると、「ズボン=男性」「スカート=女性」という区分は自然発生的なものではなく、軍事や労働を背景にしたズボンの普及と、それに対比する形でスカートが女性の象徴とされた結果にすぎません。
実用面で見れば、ズボンは動きやすさや安全性といった合理性を備えていましたが、スカートにはそうした機能面での優位はほとんどなく、むしろ装飾性や社会的意味が重視されてきました。
「スカート=女性」は変えるべきなのか
現代において女性がスカートを履くのは、必ずしも機能的な理由ではなく、「女性らしさを表現したい」「ファッションとして楽しみたい」といった動機による場合が多いでしょう。一方で近年では、男性がスカートを身に着ける教育的な試みも行われ、固定観念を揺さぶろうとする動きも見られます。
私たちは「スカート=女性」という価値観を変えるべきなのでしょうか。
「スカート=女性」というイメージに違和感を覚える人もいれば、スカートを「女性だけの特別感を持つ服装」として大切にしたいと感じる人もいるかもしれません。
大切なのは、服装の選択が誰かに強制されるのではなく、個人が自由に選び取れるものであることでしょう。その自由を尊重する社会でこそ、歴史が作ってきた「常識」を本当の意味で問い直せるのではないでしょうか。
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