日本語の「会釈」は英語でどう言うのでしょうか。
英語の bow はお辞儀を表しますが、会釈のような細かな礼は英語に訳しきれません。
その違いを手がかりに、言語から見える日本と海外の文化の差を読み解きます。
Bowは「弓」?「お辞儀」?同じ綴りで違う意味
英語の bow は、ひとつの綴りに2つの発音と意味が存在します。
Bowの発音と意味の違い
| 綴り | 発音 | 意味 |
|---|---|---|
| bow | /boʊ/(ボウ) | 弓 |
| bow | /baʊ/(バウ) | お辞儀する |
英語での bow(お辞儀) は、日本人が日常で行う挨拶動作のようなものではありません。
むしろ、英語圏では 儀礼的・フォーマルな場面で行われる特別な所作 として認識されています。
- 貴族文化に由来する「目上への敬意」
- ダンス・舞台・オペラでの「観客への感謝」
- ナイトや皇室関連の儀礼での「形式張った礼」
など、日常生活で頻繁に使われる動作ではないのが特徴です。
Bowの語源と変遷 ― 同形異音語(ヘテロニム)になるまで
実はこの2つ、別の語源から来た単語です。
- 弓(ボウ):古英語 boga(曲がったもの)
- お辞儀する(バウ):古英語 būgan(身をかがめる)
どちらも「曲げる」という動作イメージは共通していますが、歴史の中で綴りだけが一致してしまった例です。
中世英語期、英語の表記は統一されましたが、発音までは統一されませんでした。
- フランス語の影響が強い語 → /boʊ/ 方向へ
- 北欧語由来の動詞系 → /baʊ/ を維持
統一されていない発音がそのまま残った結果、現在のような「同綴り異音異義語」になりました。
英語ではこうした単語を heteronym(ヘテロニム) と呼び、日本語では「同形異音語」と説明されることがあります。
日本語ではこの概念があまり一般的でないのは、漢字文化の影響で「同じ表記でも読みが複数ある」例が非常に多く、むしろ自然な現象として受け止められてきたためだと考えられます。
同形異音語の英単語例
英語にはlive・leadなど同じ綴りで発音が違う単語が多く、学習者泣かせのポイントになっています。
| 綴り | 発音 | 意味 |
|---|---|---|
| live | /lɪv/(リヴ) | 生きる(動詞) |
| /laɪv/(ライブ) | 生の・ライブの(形容詞) | |
| lead | /liːd/(リード) | 導く(動詞) |
| /lɛd/(レッド) | 鉛(名詞) | |
| wind | /wɪnd/(ウィンド) | 風(名詞) |
| /waɪnd/(ワインド) | 巻く(動詞) | |
| bass | /beɪs/(ベイス) | 低音(名詞) |
| /bæs/(バス) | スズキ(魚の種類) |
日本文化における「お辞儀」と「会釈」の違い
日本では、頭を下げる動作にも細かな意味の違いがあります。
「お辞儀」は礼法として確立された所作
- 敬礼:15〜30°
- 普礼:30°前後
- 最敬礼:45°以上(深い謝罪や最大の敬意)
歴史的に、武家礼法や茶道、商業文化の中で角度と場面の細分化が進みました。
「会釈」は日常的なコミュニケーション手段
- 5〜15°の軽い頭の動き
- 感謝、挨拶、通行時の譲り合いなど多目的
- 言葉を使わない礼の表現として無意識化
同じ「頭を下げる」でも、お辞儀は形式、会釈はコミュニケーション。
角度でわかる気持ち
- 5° → 軽い感謝・合図
- 15° → 丁寧な挨拶
- 30°以上 → 深い礼意(ビジネス・式典など)
角度によって相手との心理的距離が変わるのが、日本独自の特徴といえます。
海外では会釈はどう捉えられている?
会釈の所作は、日本では自然な行動でも、海外では別の意味に受け取られます。
英語圏ではすべて “bow” と解釈されがち
英語には「会釈」専用の語がないため、
日本人の会釈 = すべて bow と理解される
という状況が生まれます。
bowは先に述べた通り、挨拶ではなく儀礼的な所作としての「お辞儀」です。
英語圏の人からすると、
- 電車で席を譲ったとき
- お店でのちょっとしたやり取り
- すれ違い時
などの際に日本人が行う会釈すべてが「丁寧な bow」に見えるわけです。
世界中の人と触れ合う入国審査官が、「日本人は礼儀正しい」と語ることもあるようです。
彼らには、日本人が行う「会釈」がすべてが「丁寧なお辞儀」に見えているのかもしれません。
世界の挨拶ミニ比較
| 地域 | 主な礼の形 |
|---|---|
| 欧米 | アイコンタクト+握手+言語中心 |
| 韓国 | 深いお辞儀で上下関係を明確化 |
| 中国 | 近代以降は握手中心、頭を下げる動作は限定的 |
| 日本 | 微細な会釈で心理距離を調整 |
会釈は、かなり日本的なコミュニケーション文化なのです。
関連記事:神社はshrineで、寺はtemple?
日本では、英語で神社はshrine、寺はtempleと翻訳されます。
しかし、英語話者にとってshrineとtempleはどのような印象をもった言葉なのでしょうか。
以下の記事では、それぞれの英単語について、一般的な日本人と海外の人のイメージを比較しながら、その違いを解説しています。また、その翻訳の経緯も辿ります。
英語で表現する「会釈」
会釈に相当する「単語そのもの」は英語に存在しません。
日常的な礼儀として頭を軽く下げる文化が英語圏にないため、
「bow」ではニュアンスが強すぎ、
「nod(うなずく)」では意味がずれてしまいます。
会釈を“近い英語”で表すと?
完全一致の語はありませんが、状況によっては次のように言い換えられます。
| 英語表現 | 日本語ニュアンス | 会釈との違い |
|---|---|---|
| a slight bow | 軽いお辞儀 | もっと儀礼的に聞こえる |
| a small bow of acknowledgment | 気づいたことを示す小さな礼 | 感謝・距離調整など多義性が弱い |
| a polite nod | 礼儀正しいうなずき | 会釈ほど「頭を下げる」イメージがない |
| to dip your head politely | 礼儀として頭を軽く下げる | 英語話者にはやや詩的・説明的 |
→ 機能的に一番近いのは “polite nod” だが、完璧ではない
→ 行動としての近さなら “slight bow” だが、儀式感がついてくる
つまり、どう置き換えても日本語の会釈の持つ“多義性”を完全には表せません。
英語話者に「会釈」を説明するなら?
単語がない以上、文化と状況をセットで説明することが最も正確です。
以下は英語話者に「会釈とは何か」を自然に説明できる例文です。
説明例(英語)
Eshaku is a small, polite bow commonly used in Japan.
It’s a subtle gesture—usually just a slight lowering of the head—
to show appreciation, respect, or acknowledgement in everyday situations.
It is less formal than a traditional bow and is used almost unconsciously in daily life.
(日本語訳)
会釈は、日本で日常的に使われる小さく丁寧な礼です。
頭を軽く下げるだけの控えめな動作で、
感謝や敬意、気づいたことを示す際に使われます。
正式なお辞儀よりもずっと軽く、日本人が無意識に行う礼儀のひとつです。
日本人が行う会釈は、
- 感謝
- 挨拶
- 距離調整
- 非言語的な合意形成
など複数の役割を兼ねている文化です。
bow と誤解されて困る場面は多くありませんが、せっかくなら日本の文化を正確に知ってもらいたいものです。
もし外国の友人が日本の会釈文化を不思議に感じているようであれば、ぜひ上記のような説明を伝えてみてください。
言語と文化の交差点にある「礼儀」
会釈という一見小さな動作にも、日本の社会が大切にしてきた価値観が宿っています。
礼儀は「安心」を生む装置
- 相手を尊重する
- 距離感を調整する
- 無言でも気持ちが伝わる
これらを可能にするのが、会釈が持つ非言語的な力です。
しかし文化が違えば、礼儀の形も変わります。
違って当たり前なのです。
礼儀とは文化がつくる「共通の安心装置」であり、
国や社会が違えば、その形は当然変わっていくものです。
多文化共生のために
日本人が自然と会釈をする場面でも、外国の方が同じように会釈をしないことがあります。
日本人にとっては少し失礼に感じられるかもしれませんが、相手に悪意があるわけではありません。今回紹介したように、日本の会釈は海外では明確に対応する言葉や文化がない所作なのです。
言葉が違えば、文化も違う――。
これは会釈に限ったことではありません。
多文化共生を考える上では、外国の文化を知るとともに、「日本の文化」を客観的に捉え直すことも大切です。
外国の習慣に合わせる必要はありませんが、違いを理解し説明できることは、互いの文化を尊重するうえで重要な一歩となります。
お互いの価値観を認め合い、理解し合える社会づくりのために、この記事が少しでも役立てられれば幸いです。
関連記事:多文化共生にも役立つ視点
本サイトでは、言語に関する記事だけでなく、歴史や社会を紐解くことで、見落とされがちな様々な視点を見出していく記事が多くあります。
海外との文化の差に関心のある方は、是非以下のような記事もご覧ください。

