近代インフラ整備の歴史 ― 日本の水道や電気はいつからあるのか

インフラの歴史 歴史

生まれた時からあるものは「あって当たり前」と思ってしまいがちですが、実は先人たちの努力が積み上げられていて、私たちはその上で快適な生活ができています。

今回は、明治時代以降にどのようにインフラが整備されていったのか、歴史を振り返ってみます。

意外と新しい日本の「インフラ」

私たちの社会に整備されている「インフラ」とはどういったものなのでしょうか。

インフラとは

インフラとは、社会や生活を支える基盤となる、道路、電気、水道、通信などの施設や設備のことを指します。

英語の「infrastructure」を略した言葉で、日本語では「社会基盤」とも訳されます。

具体的には、以下のようなものがインフラとして挙げられます。

  • 交通インフラ : 道路、鉄道、空港、港湾など
  • エネルギーインフラ: 電気、ガス
  • 水道インフラ: 上下水道
  • 通信インフラ: 通信ネットワーク、インターネット
  • 公共施設: 学校、病院、公園など

男性が作り・支えるインフラ

インフラの業務には、3K(きつい、汚い、危険)に相当する作業も多く、歴史上その多くは男性が担ってきており、現在も多くの男性が従事して社会を支えています。

女性の社会進出が進んだことで、インフラ業務にも女性が携わるようになってきてはいますが、それでも男性の方が割合としては圧倒的に多く、その比率は8:2から9:1程度といわれています。

明治時代に整備された「近代インフラ」

意外なことに、身近な水道や電気といった当たり前のインフラは、そのほとんどが明治時代以降のものばかりです。令和時代の高齢者や後期高齢者の中には、幼い頃には無かったものがあるレベルです。

明治政府は、欧米の先進技術を導入し、「富国強兵・殖産興業」を推進するために、物流・人流の高速化を目指し、インフラの整備を推し進めました。

インフラはどれも重要ではありますが、交通のインフラがなければ、人が生きていくことは困難でしょう。エネルギー通信は、現代においては必要不可欠なインフラではありますが、環境によっては優先度が下がるかもしれません。

ここからは、各インフラがどのように整備されてきたのか、歴史を振り返っていってみます。

物流の要 – 交通インフラ

人や物を移動させるには交通インフラが必要です。

その土地ですべてを賄うことができないのであれば、別の場所から輸送してくる他ありません。特に重要な物資は「食料」でしょう。自給自足をしていたとしても、不作で全滅したくなければ、外部から食料調達する手段は必要になるでしょう。

江戸から明治期の「道路」「港湾」

日本でも街づくりなどと共に「道路」は最低限作られていましたが、大きな幹線道路五街道など)は江戸時代になってから参勤交代などのために整備されはじめます。

明治時代に入ると「軍用道路」や「郵便道路」が整備されていきますが、鉄道が優先され、道路は後回しにされる傾向がありました。

海洋国家である日本では、は輸送の要です。明治時代以降は大型の軍艦なども停泊できるように改修が進められ、現在でも海上輸送に欠かせません。特に横浜・神戸・長崎・函館・新潟などの開港場を中心に整備されました。

明治期に重要視された「鉄道」

日常生活に欠かせない「鉄道」は、明治時代に入るまで日本にはありませんでした。

明治の最初頃(1872年)に新橋横浜間に最初の鉄道が開通します。
(イギリスの技術・資金援助により)

その後、日本全国縦横無尽に鉄道が張り巡らされました。

短期間に広い範囲に鉄道を敷設した日本は、世界中を驚かせるほどのレベルで、明治政府がどれほどまでに鉄道の輸送網を重要視していたかが伺えます。

生存と衛生に重要な水 – 上水道・下水道

人は水がない環境では3日も生きられません。そのため飲み水の確保は最優先事項です。明治時代には、コレラなど感染症対策として、清潔な水の供給が重視されました。

また、地震などの災害で下水道に障害が出ると、避難地域のトイレなどは直ぐに大変な状況になってしまうことが知られています。人は生きている限り排泄を止めることはできません。衛生状態を維持するためにも下水処理のインフラは大切です。

明治から大正期に進められた「上水道」整備

  • 井戸水(自家水):個人や共同体が地下水をくみ上げて使う。
  • 上水道(公共水道):水源(川・ダム・地下水など)から取水し、浄水処理・配水管網を通じて家庭や工場に水を供給するインフラ。

江戸時代は、江戸などの一部都市に木樋(もくひ)や石樋による簡易上水道がありました。

明治時代になって、1887年(明治20年)に日本初の近代上水道「横浜市水道」が完成します。その後、神戸(1897)、長崎(1891)、大阪(1895)などでも整備が進められます。

大正時代に入ると、工場などにも水道が重要となり、感染症対策の観点から「医療インフラ」としても扱われるようになります。

コレラ対策にもなった上水道インフラ

明治時代には、感染症のコレラが流行します。当時は細菌学がまだ浸透していなかったこともあり、土葬は感染症の原因となると考えられ、明治政府は対策として火葬を推奨しました。

コレラは沈静化しますが、その主な要因は上下水道などのインフラ整備と考えられています。
詳しくは以下の記事で紹介していますので、興味のある方は是非ご覧ください。

昭和期に義務化された水の供給 ― 「水道法」

昭和時代は、戦争で多くの上水道が破壊されたため、戦後は上水道の普及が大きな課題でした。

1957年に「水道法」が制定され、安全・安定・計画的な水の供給が法律で義務化されました。水道普及率は1950年に30%台でしたが、1970年には80%を突破しています。

つまり、令和の高齢者世代は、若いころは井戸水生活だったのが、大人になって徐々に便利な水道が整備されていった時代を生きている人たちということになります。

水道水を飲める国として有名な日本ですが、実は残留塩素は地域によって10倍もの開きがあることをご存じですか?法的な基準や、味や匂いの違いについて、以下の記事で紹介しています。
💡関連記事:水道水は飲まない? ― 実は地域で10倍もの差がある残留塩素

江戸から明治期に変わった「下水」の扱い

明治時代の日本では、下水処理の概念はまだ乏しく、遅れて整備が進められます。
排水路や側溝の整備が中心で、本格的な下水道整備は大正時代以降に進められます。

そもそも江戸時代(~1868年)までは、し尿は農業用の「資源」として扱われ、売買の対象でした。

明治時代になると、人口増加の兼ね合いで「資源としての消費が限界」となった上、赤痢などの感染症が蔓延したため、衛生対策が喫緊の課題となります。

明治期にとられた対策によって生活排水は川や海に捨てられるようになり、し尿は変わらず汲み取り式で、人力搬出が主流でした。

大正期から昭和期に発展した下水処理

大正時代に入って、尿運搬車(馬車型)が使われ始め、昭和にはいって1931年頃に日本で初めてバキュームカーが登場します。

1922年に神戸市「東灘処理場」が日本初の下水処理場として稼働しはじめます。その後、1930年代に入ってようやく東京・大阪などにも下水処理場が順次整備されていきます。

水洗便所の普及

1970年代以降(昭和40~50年頃)になると、都市部を中心にトイレの水洗化率が急上昇します。並行して汲み取り便所の割合は減少し、バキュームカーの役割も縮小していきます。

令和時代の2020年代からすると、たったの50年前の出来事ということになります。

平成~令和の時代でも、山間部や離島、一部未整備地域でバキュームカーは今も活躍しています。

外国への依存度が高い – エネルギー

人は、薪を拾って火をつけて調理をする生活から、ガスや電気を使った近代的な生活に移行しました。

エネルギーを利用し続けるためには、ガスや発電のための燃料が必要になります。現在の日本は、そのほとんどを海外からの輸入に頼っています。

エネルギー資源輸入依存率(2022年度時点)
原油約97–98%
LNG(天然ガス)約99.7%
石炭約99.6%
日本のガス・燃料の輸入依存度

明治期のガス灯~戦後に普及した「ガス」

明治初期の1872年(明治5年)、東京・銀座に日本初のガス灯が点灯します。同年に東京ガス会社が設立され、全国でも同じようなガス会社が次々と設立されます。

明治後期にはガス灯は電気に置き換わっていきますが、以降も調理や過熱用途などでガス自体は使われ続けます。

各家庭にプロパンガスが使われ始めたのが戦後の1950年以降で、1960年代に入って急速に普及します。それまでは薪を拾って火をつけて料理をしていたことになります。並行して都市ガスも整備・普及が進んでいきます。

年代都市ガス普及率LPガス普及率(家庭)
1950年代約20〜30%ほぼゼロ〜10%未満
1960年代約40〜50%急成長(〜40%程度)
1980年代約60〜70%約40%(地方で主流)
現在(2020年代)約55〜60%(地域差あり)約40〜45%
都市ガスとプロパンガスの普及

明治末期に普及した電灯「電気」の時代

明治時代初期は、世界的にもようやく電気の活用が始まった頃です。(世界初の発電所 : 1882年)
日本では、1888年(明治21年)に東京電灯会社が白熱灯の供給を開始します。

明治末期には大都市を中心に電灯・電力網が形成され、工場や鉄道(特に都市内の電車)への電力供給にも利用されるようになります。

現代の日本では主に「電力会社」が電気の供給を担っていますが、当時は「電灯会社」であり、電気は名前の通り電灯用途でした。

戦後には便利な家電製品が普及

家電製品の登場は、戦後の高度経済成長期に入ってからの事です。

家電製品の普及に伴って、それまで電灯用途だった電気は、人々の生活に欠かせない重要な「生活インフラ」となっていきました。

日本の幕末頃に発見された電気は、明治時代の中頃になって発電して利用されるようになり、戦後昭和の時期には、人々に欠かせない重要なインフラになりました。
幕末から明治期にかけてのアメリカと日本の「電気」については、以下の記事でも紹介しています。詳しく知りたい方は是非ご覧ください。

現代の重要インフラ – 通信

現代社会において、通信インフラは重要な役割を果たしています。電話やインターネットは日々の生活に欠かせません。

明治から昭和期の「電話」

電話は、1877年にアメリカのベルで開発されました。

日本には1890年(明治23)に電話事業が開始されます。1900年に入ってから軍・官庁・財界中心に電話の加入者が増加します。当時は交換手による手動交換(電話交換局)でした。

大正時代から昭和時代にかけて、電話の交換が自動化され、通信インフラとして民間にも普及し始めます。

戦後1960年代くらいに電話は爆発的に普及し、1964年には東京オリンピックに合わせて、全国ダイヤル通話網が完成します。1985年に電信電話事業は民営化され、電電公社が現在のNTTになりました。

電電公社は、日本電信電話公社(にっぽんでんしんでんわこうしゃ)の略称で、1952年から1985年まで日本に存在した国営の通信事業体です。

平成から令和期に急速に広まった「インターネット」

インターネットは、1995年にWindows95が登場して以降、日本でも急速に広まっていきますが、当時は電話回線を使ったダイアルアップ形式が主流でした。現在の様な光ファイバー網は2000年代以降に整備されたものです。

年代出来事
1992年インターネットに接続可能な商用サービス開始(IIJなど)。
1995年Windows 95発売で家庭のPCとインターネットが爆発的に普及。
1999年iモード登場:携帯電話でインターネット利用が可能に。
2000年ADSL普及開始、ブロードバンド時代へ。
2001年Yahoo! BB開始で高速インターネットが一般化。
2008年iPhone発売:スマートフォン時代の幕開け。
2010年代LTE/光回線が主流化、SNS・動画配信の定着
2020年以降5G開始テレワーク・オンライン授業などが社会インフラに。
インターネットとスマートフォンの普及

こうしてみると、インターネットが活用され始めてからそれ程時間が経過していないことに、改めて驚かされます。

インフラは整備と維持が大変

インフラの整備の歴史を見てきましたが、私たちが日常的に使っている便利な近代インフラは、とても歴史の浅いものであることが分かります。また、整備には外国の技術が、維持には外国の資源を頼りにしながら進められていることも分かります。

新しい居住区域を作ろうとすると、技術や資源と共に、それらを整備する膨大な労働力も必要になります。

外国に行ってまでやり方を学び、国に戻ってきて実際に実践し、現在のような近代的な国を作り上げた明治時代以降の先人たちの努力や行動力に、改めて敬意を感じずにはいられません。

インフラ整備の優先度

最後に、新しい生活区域を構築する場合に、各発展段階ごとにインフラ整備をどのように進めていくべきかをまとめてみましょう。

発展段階優先インフラ
開発途上段階水・道路・電気・衛生などの「生存と物流系」
都市化進展期通信・鉄道・上下水道・教育・病院などの「都市機能系」
高度経済成長期高速道路・空港・新幹線・情報通信(電話・ネット)
現代・先進国再生可能エネルギー、スマートシティ、防災、デジタル基盤など
発展段階と優先すべきインフラ整備

ただし、ここでまとめている優先順位は一般論であり、地理的条件や規模などによっても変わってくるため、そういった事を総合的に判断できる「リーダー」の存在は重要になるでしょう。

関連記事:実は短い「伝統」

私たちが日常的に使っている近代インフラの歴史は、比較的短いものでした。身近な伝統や風習の中にも、実はその歴史が浅いというものはあるものです。

以下の記事では、長い伝統があるように思われていて、実は短い日本の習慣を3つほど紹介しています。是非こちらもあわせてご覧ください。