魚は本当に体に良い? ― ビタミンから考える

魚は本当に体に良い? 社会

魚は体に良い。

そう言われることに、私たちはほとんど疑問を抱きません。和食は健康的、青魚は体に良い、肉より魚のほうが安心――そんな印象が、どこか常識のように共有されています。

しかし、その「良さ」は何を指しているのでしょうか。
今回は魚そのものを善悪で語るのではなく、その中身――とりわけビタミンという視点から、静かに整理してみたいと思います。

魚にはどんな栄養が含まれているのか

まずは、魚という食材を分解してみます。
「健康」という抽象的な言葉を離れ、具体的な栄養に目を向けます。

タンパク質

魚は良質な動物性タンパク源です。
必須アミノ酸をバランスよく含み、筋肉や臓器、酵素など身体の構成材料として重要な役割を果たします。

この点では、肉類と大きな差はありません。

魚が特別に「タンパク質として優れている」というより、動物性食品として標準的に優秀である、と整理するのが妥当でしょう。

脂質(DHA・EPA)

魚の特徴としてよく挙げられるのが脂質です。
特に青魚(サバ、イワシ、サンマなど)にはDHAやEPAといったオメガ3脂肪酸が多く含まれています。

これらは体内で炎症反応を調整する働きがあるとされ、心血管疾患との関連が研究されています。

ただし、すべての魚に同じ量が含まれているわけではありません。
脂の少ない白身魚では、これらの脂質は比較的少なめです。

ビタミンD

魚の栄養を語る上で見逃せないのがビタミンDです。
サバイワシなどには比較的多く含まれています。

ビタミンDは、

  • カルシウムの吸収を助ける
  • 骨を強く保つ
  • 筋機能を調整する

といった役割を担います。

魚を食べることで、タンパク質とビタミンDを同時に摂取できる点は、一つの強みと言えます。

魚の種類による違い

「魚は体に良い」と言うとき、実際にはどの魚を想定しているのかは、あまり意識されていないことが多いように思いますが、魚と一口に言ってもその栄養は一様ではありません。

実際には、魚によって以下のような傾向があるといえます。

  • 青魚は脂質とビタミンDが比較的豊富
  • 白身魚は脂質が少なく、さっぱりしている

ここまで見てきた栄養は、確かに有用なものばかりです。
では、それらは人間の健康にとってどのような意味を持つのでしょうか。

栄養の本当の重要性は、不足がもたらした歴史を振り返ることで、よりはっきりと見えてきます。

欠乏が教えてくれたビタミンの重要性

ビタミンという概念が確立した背景には、「不足による病気」がありました。

意外と新しいビタミンの概念については、以下の記事でその歴史を紐解いています。
💡関連記事:野菜なしでも平気?栄養の“常識”は意外と新しい

ビタミンB1 ― 脚気という文明病

ビタミンB1は、糖質をエネルギーとして利用するために不可欠な栄養素です。

精製された白米が広く普及した近代日本では、脚気が大きな問題となりました。

炭水化物は十分に摂取しているにもかかわらず、B1が不足することでエネルギー代謝がうまく回らなくなる――それが脚気でした。

この問題に対し、高木兼寛が麦飯を導入したことはよく知られています。

高木兼寛の脚気対策については、以下の記事をご覧ください。
💡関連記事:脚気が突き崩した医学の常識 ― 高木兼寛はなぜ前提を疑えたのか

多くの日本人が患い、命を失うことになった栄養欠乏症の脚気への対策としては、麦や豚肉のようにビタミンB1を多く含む食品が適しています。
魚にもB1は含まれますが、主力と言えるほど多いわけではありません。

ビタミンC ― 航海と壊血病

ビタミンCの不足は壊血病を引き起こします。

長期航海では生鮮野菜や果物が不足し、出血や衰弱が広がりました。

この問題を解決したのは、柑橘類などの植物性食品でした。
魚はタンパク源にはなっても、壊血病を防ぐことはできませんでした。

現代では壊血病の話を聞くことは少なくなりました。その不思議を紐解きます。
💡関連記事:壊血病はどこいった? ― 今、そこに在るビタミンC


ここまでを整理すると、「生死に直結する歴史的欠乏症」という観点では、魚は主役ではなかったことが見えてきます。

ビタミンD ― 太陽と都市化の栄養

では、魚に多く含まれるビタミンDはどうでしょうか。

ビタミンDは少し性格の異なる栄養素です。
体内で日光を浴びることによって合成されるという特徴があります。

くる病と日照不足

産業革命期の都市部では、子どもたちにくる病が多く見られました。
日照不足によりビタミンDが欠乏し、骨が十分に形成されなかったのです。

ビタミンDは、食事と太陽の両方に依存する栄養でした。
なお、ビタミンD不足は子どものくる病だけに限られるものではありません。

大人では骨軟化症として骨の痛み筋力低下を引き起こすことがあり、

高齢者では転倒や骨折のリスクを高める要因

にもなります。
さらに、近年では免疫機能や気分との関連も研究されており、欠乏は年齢を問わず影響を及ぼす可能性があると指摘されています。

現代の生活様式との関係

現代社会では、

  • 屋内での生活時間の増加
  • 日焼けを避ける習慣
  • 魚の摂取量の減少

などが重なり、ビタミンD不足が指摘されることもあります。

B1やCのように劇的な欠乏症が目立つわけではありませんが、骨密度の低下や筋機能への影響が問題になることがあります。
魚に含まれるビタミンDは、生活様式との関係の中で意味を持っています。

魚は本当に体に良いのか

ここで、最初の問いに戻ります。

魚は体に良いのでしょうか。

栄養の優先順位

生死に直結する急性の欠乏症という観点では、B1やCの方が優先度は高いと言えます。
ビタミンB1に限って言えば、魚よりも豚肉の方が豊富です。栄養を軸に考えるなら、食材の優劣は一概には決められないことが見えてきます。

その意味では、魚は必須の食材ではありません。

しかし、現代の生活様式を考えると、

  • ビタミンDの補給
  • 脂質の質(オメガ3脂肪酸)
  • タンパク質との同時摂取

といった点で、魚は一定の役割を果たし得ます。

魚は万能ではありません。
けれども、特定の文脈では合理的な選択肢になります。

日本の伝統的な食事バランス

白米と魚だけの食事では、ビタミンB1が不足し、脚気のリスクが高まります。魚を豚肉に替えることで、B1の摂取量は増え、脚気のリスクは軽減されるでしょう。

白米と魚の食事の場合には、不足しがちなビタミンB1を含む副菜があると安心です。

その意味では、日本の伝統的な食事は一定の合理性を持っています。

  • 白米
  • 味噌汁(大豆)
  • 漬物
  • 野菜

大豆や豆類にはビタミンB1が含まれており、また野菜類も微量ながら補助的な役割を果たします。

魚単体では不足しやすい栄養を、食事全体で補う構造になっているのです。

もっとも、白米中心の食生活ではB1が十分とは言えない場合もあり、実際に江戸期や近代には脚気が問題となりました。伝統的な食事も万能ではありません。

食事が多様化していく中で、米と肉と同じように、米と魚という食事も受け入れられつつありますが、含まれている栄養には違いがあるため、そのバランスには注意が必要です。

白米が危険と分かった後に大きな発展を遂げた「おかず文化」は以下記事で考えます。
💡関連記事:人はなぜ白米を食べ続けるのか ― 非合理の中の合理「おかず文化」

「バランスの良い食事」という言葉

私たちは日常的に「バランスの良い食事が大切」と言います。
魚か肉か、炭水化物は控えめに、野菜を多く――そうした助言の多くは、この言葉の中にまとめられています。

しかし、「バランス」とは具体的に何を意味しているのでしょうか。
ここで一度、その言葉を静かに整理してみたいと思います。

バランスの良い食事の意義

バランスの良い食事という考え方には、確かな意味があります。

栄養素は単独で働くのではなく、互いに関係しながら体内で機能します
特定の食品や栄養素に偏ることで、不足や過剰が生じる可能性があります。

脚気や壊血病といった歴史的な欠乏症は、まさに「偏り」が引き起こしたものでした。

その意味で、複数の食材を組み合わせるという発想は、経験的にも科学的にも合理性があります。

また、現代においても、

  • タンパク質だけを重視する
  • 脂質を極端に避ける
  • 炭水化物を過度に制限する

といった極端な選択は、別の偏りを生むことがあります。

「バランスの良い食事」という言葉は、こうした偏りを防ぐための、ひとつの目安として機能してきました。

人によって違うバランス

ただし、そのバランスは誰にとっても同じとは限りません。

屋外で活動する時間が長い人と、室内で過ごす時間が長い人とでは、必要とされる栄養の比重は異なります。
炭水化物中心の食事をしている人と、タンパク質中心の食事をしている人とでも、不足しやすい栄養は変わります。

経済状況や年齢、生活リズムによっても、現実的な選択肢は違ってきます。

一般論としての「バランス」は存在しますが、それはあくまで平均的な指標にすぎません。
実際の食生活は、それぞれの生活の中で形作られています。

魚が体に良いかどうかという問いも、同じです。
その人の生活の中で何が不足しているかによって、意味は変わります。

「バランスの良い食事」とは、決められた比率を守ることではなく、自分の生活の中で不足しがちなものに気づくことなのかもしれません。

人生を楽しむための知識と視野

魚は本当に体に良いのか。
その答えは一つではありません。

「なんとなく良い」という通念に少し立ち止まり、栄養や歴史を知ることで、自分に合った食事の形が見えてくるかもしれません。

今回はビタミンという視点から魚を考えましたが、食事は栄養のためだけの行為ではありません。楽しみとしての食事もまた、大切な営みです。

長い人生の中で続いていく食事。
楽しみながら健康であり続けるために、知識とともに広い視野を持つことは、きっと役に立つはずです。


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