栄養の常識はいつからあるのか ― 栄養欠乏症で何が起こっていたか

栄養の常識はいつからあるのか 社会

近年では栄養についての基礎的な知識があるにも関わらず、それを気にせず偏食をする人の存在を聞くこともあります。栄養不足に起因する不調があったとしても、それは生命に影響するようなものではないという考えなのかもしれません。

現代の栄養の常識がない時代、人々はどうなっていたのでしょうか。

この疑問は、なぜ現代の栄養学が確立していったのかという問いに繋がっており、それは人々が栄養欠乏症で「命を落としていた時代」と向き合う事でもあります。

本記事では、現代の栄養学がどのように確立していったのか、その歴史を紐解きます。現代ではあまり語られませんが、その歴史には日本も大きく関わっています。

栄養学の歩みをたどりながら、飽食の現代にも潜む偏食のリスクを考えます。

前提:現代の栄養の常識

まずは、現代の私たちが「当たり前」と感じている栄養の基本を振り返ってみましょう。

バランスの良い食事(一汁三菜)
バランスの良い食事(一汁三菜)

三大栄養素やビタミン・ミネラルなど、日々の食生活で耳にする言葉の背景には、科学的な研究の積み重ねがあります。ここで一度、それぞれの役割や代表的な食材を簡単に整理しておきます。

三大栄養素とエネルギーの基礎

現代の栄養学の出発点は「三大栄養素」です。

  • 炭水化物:エネルギー源。1gあたり4kcal。
  • タンパク質:体をつくる材料。ホルモンや酵素の合成にも不可欠。
  • 脂質:効率的なエネルギー源。細胞膜やホルモンの材料にもなる。

三大栄養素のバランスを意識することは、健康維持の基本とされています。

栄養素主な働き代表的な食材
炭水化物エネルギー源米、パン、うどん、じゃがいも
タンパク質筋肉・臓器・酵素など体をつくる材料肉、魚、卵、豆腐、納豆
脂質高エネルギー源、細胞膜・ホルモンの材料バター、オリーブ油、ナッツ、チーズ
三大栄養素:代表的な食材

ビタミン・ミネラル・食物繊維

三大栄養素に加えて重要なのがビタミンミネラルです。

ビタミンは体内で合成できない微量栄養素であり、欠乏すると特定の病気が発症します。

ミネラルは骨や血液の材料となり、神経や代謝を支える働きを持ちます。
さらに、腸内環境の改善や生活習慣病予防に重要な食物繊維も、近年注目を集めています。

栄養素主な働き代表的な食材
ビタミン代謝・免疫・臓器機能を支える野菜、果物、レバー、卵黄、魚
ミネラル骨・歯の形成、血液や神経機能の調整牛乳、海藻、小魚、ナッツ
食物繊維腸内環境の改善、生活習慣病予防野菜、果物、豆類、全粒穀物
ビタミン・ミネラル・食物繊維:代表的な食材

厚生労働省と食事バランスガイド

日本では厚生労働省や農林水産省が「食事バランスガイド」を提示し、1日に必要な食品の目安をイラストで紹介しています。もっと詳しく知りたい方は、参考にしてみてください。

💡外部リンク:「食事バランスガイド」について|厚生労働省


今や「バランスの取れた食事」という言葉は常識のように使われますが、

この「栄養の常識」が無かった時代にはどのような事が起こっていたのでしょうか。

歴史を振り返っていってみます。

栄養の常識がなかった時代 ― 代表的な栄養欠乏症

私たちは今や当たり前のように「栄養バランス」という言葉を使いますが、こうした知識がなかった時代には、食生活の偏りが深刻な病気を招くことも珍しくありませんでした。

偏食が招いた病気
偏食が招いた病気

ここでは、科学的な栄養学がまだ確立していなかった時代に、

人々を苦しめた代表的な病気

を振り返ります。

脚気 ― 白米偏重が生んだ国民病

明治時代、日本陸軍や一般家庭で脚気(かっけ)が流行しました。

脚気はビタミンB1の欠乏症で、神経や心臓に障害をもたらし、重症化すると死に至ります

当時、白米は豊かさの象徴であり、精米技術の普及によって庶民の食卓にも浸透しました。

しかし白米はビタミンB1をほとんど含まず、栄養バランスが崩れた結果、多くの人々が脚気に苦しむことになり、大勢の日本人の命が失われました。

現代においては、加工食品などの偏食によるビタミンB1の欠乏は「隠れ脚気」と呼ばれて注意が呼び掛けられています。

原因となった栄養素:ビタミンB1(チアミン)
糖質をエネルギーに変える代謝に必須。欠乏すると神経や心臓に障害。

解決に役立つ食品
豚肉、玄米、胚芽米、豆類(大豆・小豆)、ごま、ナッツ類

森鴎外が陸軍軍医総監として「脚気は細菌が原因」と考えたこともあり、特に陸軍では栄養素の欠乏という考え方はなかなか浸透しませんでした。一方海軍では実証が重視され、(当時科学的な根拠のない)麦飯導入などの組織的な取り組みによって、脚気被害を抑えることに成功します。

壊血病 ― 船乗りを苦しめたビタミンC不足

ヨーロッパの大航海時代、長期間の航海に出た船員たちは壊血病(かいけつびょう)に悩まされました。

壊血病はビタミンC不足によって慢性的な疲れやだるさといった症状と共に、歯茎や血管が脆くなり、重症化すると死に至る病気です。

当時は果物や野菜を保存する技術がなく、乾パンや塩漬け肉ばかりの食生活が続いた結果、多くの船員が命を落としました。

18世紀、イギリス海軍がライムやレモンを積極的に支給することで壊血病を克服したのは、科学的発見というより経験則の勝利でした。これが後にビタミンCの重要性を示す重要な事例となります。

原因となった栄養素:ビタミンC(アスコルビン酸)
コラーゲン合成や免疫機能維持に必要。欠乏すると血管や歯茎が脆くなる。

解決に役立つ食品
柑橘類(レモン・みかん)、イチゴ、キウイ、ピーマン、ブロッコリー、キャベツ

食品添加物とビタミンCなどの栄養に関しては、以下の記事で詳しく解説しています。

ペラグラ ― 貧困と食文化が招いたナイアシン欠乏症

18世紀から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパやアメリカ南部の農村ではペラグラ(Pellagra)が蔓延しました。

ペラグラは、主としてナイアシン(ビタミンB3)不足、または体内でナイアシンの材料になるトリプトファンの不足・利用障害によって起こり、重症化すると死に至ることのある病気です。

主食として広く食べられていたトウモロコシには、ナイアシン(ビタミンB3)が体内で利用しにくい形で含まれており、タンパク質摂取の不足も重なり、皮膚炎・下痢・認知障害を引き起こす「3D病」と呼ばれる症状が現れました。

  • Dermatitis(皮膚炎):特に日光に当たる部分の赤み、荒れ、色素沈着など
  • Diarrhea(下痢):消化管の障害
  • Dementia(精神・神経症状):無気力、混乱、認知機能の障害など

そして、治療されないまま進行すると4つ目のDである Death(死) が加えられ、「4D」と呼ばれることもあります。

文化や貧困がもたらした偏った食習慣が、地域社会全体を病気に追い込んだ例です。

原因となった栄養素:ナイアシン(ビタミンB3)
代謝や神経機能に関与。欠乏すると皮膚炎・下痢・認知障害。

解決に役立つ食品
鶏肉、魚(カツオ・マグロ)、レバー、落花生、きのこ類、卵

ペラグラは歴史上の病気というイメージがありますが、アフリカなどトウモロコシが主食でタンパク質摂取が難しい地域では、今も報告例があり、国際的な栄養支援の対象になっています。

補足:トウモロコシの伝来と調理法 ― ニスタマリゼーション

トウモロコシ自体にはナイアシン(ビタミンB3)が含まれています。

ただし多くは「結合型ナイアシン(ニコチン酸配糖体など)」として存在しており、ヒトの消化管ではほとんど吸収できません

中南米では古くから石灰水でトウモロコシを煮る「ニスタマリゼーション」という調理法があり、これによってナイアシンが遊離し、吸収されやすくなっていましたが、

新大陸からトウモロコシが伝わった際、この調理法は伝わりませんでした。

そのためヨーロッパや米国では栄養価が低いまま主食となり、ナイアシン欠乏症(ペラグラ)が多発しました。

ペラグラの歴史については、以下の記事で詳しく扱っています。
💡関連記事:ペラグラの歴史から考える栄養 ― ビタミンB3の欠乏で起こる事

栄養の常識はいつからあるのか

こうした病気の流行は、食事や健康に関する科学的な知識そのものが未発達だったことが原因でした。

では、この「栄養の常識」はどのように誕生し、広まっていったのでしょうか。

ビタミン発見を喜ぶ科学者
ビタミン発見を喜ぶ科学者

ここからは、ビタミンの発見をはじめとした科学の進歩と、社会に根づいた食生活の変化をたどります。

ビタミン発見と欠乏症の克服

20世紀初頭、ビタミンという栄養素が次々と発見され、欠乏症の原因が明らかになりました。

脚気、壊血病、ペラグラなど、これまで原因不明だった病気の多くが、特定の栄養素の不足によるものであることが科学的に解明されます。

この発見は公衆衛生や食生活の在り方を大きく変えました。

日本人の世界的発見「オリザニン」ービタミン研究の黄金期

20世紀初頭(明治末期~昭和初期)は「ビタミン研究の黄金期」と呼ばれ、わずか数十年で多くの必須栄養素が発見されました。以下はその主な流れです。

年代出来事・人物内容・背景
1880年代脚気の原因研究米ぬかに含まれる成分が脚気を防ぐと提唱
1897年エイクマン鶏の脚気実験から、精白米に欠けた成分の重要性を発見
1910年鈴木梅太郎米ぬかから「オリザニンビタミンB1)」抽出
1912年カシミール・フンク「ビタミン」の命名
「Vital amine(生命に必須なアミン)」
1913年ビタミンA発見成長に不可欠な脂溶性物質として同定
1920年代ビタミンC分離壊血病を防ぐ成分として特定
1930年代ビタミンD研究くる病の原因解明・強化食品の普及
1940年代他のビタミン群次々発見B群やKなど大部分が同定され、栄養学体系が整う
ビタミン研究の黄金期 : 簡易年表

この研究の進展によって、脚気や壊血病など、長年原因不明だった病気が栄養不足によるものだと解明され、食生活は大きく変わっていきました。

ビタミンB1と呼ばれるようになる「オリザニン」

鈴木梅太郎は発見した成分を「オリザニン」と名付けましたが、その後、国際的な栄養学で「ビタミン」という概念が普及したため、「ビタミンB1」という呼称に統一されました。

今ではオリザニンという名前は歴史的な用語として語られる程度になっています。

明治後期から昭和にかけての食生活革命

日本では明治後期から栄養学の研究が進み、軍や学校での食事改善が始まりました。

昭和期には一日三食のスタイルが定着し、戦後の学校給食制度などを通じて「栄養バランス」の概念が国民に広まりました。現在の栄養ガイドラインや健康教育は、この時代の科学的進歩の上に成り立っています。

栄養学が社会の常識へ

20世紀後半には冷蔵技術や食品加工技術が発展し、栄養の確保はかつてないほど容易になりました。

同時に、カロリー計算や栄養バランスを意識した食事管理が当たり前になり、「野菜を食べよう」「栄養バランスの良い食事を」という言葉は生活の基本となっています。

歴史の教訓を、今日の食卓へ

こうして振り返ってみると、

私たちの栄養の常識はまだ100年程しか歴史がない

新しい科学知識でした。

つまり、比較的最近まで大勢の人が栄養欠乏症で亡くなっていたことになります。
現在もその病気が無くなった訳ではありません。

栄養の偏りは、体調が悪くなるだけでは済まないかもしれません。
科学が教えてくれた栄養の知識を軽視せず、歴史から学び、バランスの取れた食生活を実践することが、健康を守る第一歩なのではないでしょうか。