航海時代には致命的だった壊血病は、なぜ現代から姿を消したのでしょうか。
その答えは、ビタミンCの性質と、私たちの食生活の変化にあります。
壊血病の歴史を入口に、現代の“見えないビタミンC”を探ります。
壊血病とは何だったのか
かつて「壊血病(かいけつびょう)」は、多くの人命を奪った深刻な病気でした。
まずは、その症状や背景について整理します。
壊血病の症状と特徴
壊血病とは、ビタミンCが不足したときに起こる欠乏症です。
歯ぐきや皮膚からの出血、関節痛、強い倦怠感などが典型的で、皮下出血が増えることで全身にアザのような痕が現れることもあります。
さらに重症化すると、心臓や血管の弱体化によって命にも関わる状態に陥ります。
原因は「ビタミンCが足りないだけ」という単純なものですが、当時はその理由が分からず、多くの命が失われました。
壊血病が多発した歴史的背景
壊血病が特に深刻だったのは、大航海時代や長期航海を続ける船乗りたちです。彼らは船上で新鮮な野菜や果物をほとんど摂れなかったため、意図せずビタミンCが欠乏してしまいました。

やがて、レモンやライムを船に積むと壊血病が劇的に減ることが発見され、イギリス海軍が積極的に導入することで「壊血病=航海病」というイメージが定着しました。
文明の環境次第で発生した典型的な欠乏症だと言えます。
ライムジュースが語源になった水兵の呼び名「ライミー」
イギリス海軍の水兵は、壊血病対策としてライムジュースを飲まされていたため、「ライミー」と呼ばれていました。
ビタミンCの発見以前から、経験則として予防効果が知られていたことがうかがえます。
ビタミンCの役割と性質
壊血病を防ぐ鍵となったビタミンCは、私たちの体の中でさまざまな働きをしています。
その基礎を確認します。

ビタミンCが担う生命活動
ビタミンCの代表的な働きは、コラーゲン生成の補助です。
皮膚や血管、骨などを正常に維持するために欠かせない成分で、これが不足すると組織の強度が落ち、出血や皮膚の損傷が起こりやすくなります。
また、ビタミンCは強力な抗酸化作用を持ち、細胞を酸化ストレスから守る役割があります。
免疫機能の維持にも関わっており、風邪予防や疲労回復の観点からも注目される栄養素です。
ビタミンCの特徴と消耗されやすい要因
ビタミンCは水溶性で、体内に長く蓄積できない特徴があります。そのため、毎日こまめに摂取する必要があります。
さらに、喫煙、ストレス、アルコール摂取などでもビタミンCが大量に消費されます。
現代人の生活環境は消耗しやすい要因が多く、意識して補いたい栄養素の一つと言えます。
アスコルビン酸の語源 ― “壊血病を防ぐ”という意味
ビタミンCの化学名「アスコルビン酸(ascorbic acid)」は、“壊血病を防ぐ”という意味を語源に持っています。
a(否定)+ scorbutus(壊血病)
歴史的背景がそのまま名前になった珍しい栄養素です。
現代の食生活に潜む「見えないビタミンC」
壊血病は現代ではほとんど耳にしない病気になりました。
これは、ビタミンC摂取の機会が圧倒的に増えたことが大きな理由です。
食材に含まれるビタミンC
ビタミンCは果物や野菜に多く含まれています。
代表的なのは、
柑橘類、イチゴ、キウイ、パプリカ、ブロッコリー、ジャガイモなどです。
少量でも日常的に摂っていれば、欠乏症になることはほとんどありません。
食材以外のビタミンC ― 添加物としてのアスコルビン酸
現代では、加工食品にもアスコルビン酸(ビタミンC)が保存料や酸化防止剤として添加されています。

例えば、ジュース、パン、ハム、乾燥食品、お菓子など、
多数の食品に使われています。
そのため、意識しなくても日常生活でビタミンCを摂取できる環境が整っており、
壊血病が“絶滅状態”になったと言っても過言ではありません。
日本で壊血病が少なかった理由(漬物・味噌汁文化)
日本では江戸時代から壊血病が比較的少なかったと言われています。
野菜を漬物として保存する文化や、味噌汁・梅干しなど、1年を通して植物性食品を摂れる環境があったためと考えられています。
一方、日本では白米中心の食事によって、ビタミンB1の欠乏症である「脚気」が深刻な被害をもたらしたことが知られています。
脚気については以下の記事で詳しく紹介しています。
💡関連記事:常識はときに人を殺す ― 森鴎外と脚気の教訓
壊血病は消えたが、現代には別の栄養の課題がある
壊血病という深刻な病気は姿を消しましたが、ビタミンC不足が現代人に無関係になったわけではありません。
軽度のビタミンC不足がもたらす体調不良
ビタミンCは壊血病に至らなくても、
不足すると肌荒れ、疲れやすさ、免疫力の低下、ストレス耐性の低下など、
生活の質に影響を与えます。
喫煙者やアルコール摂取の多い人は特に注意が必要です。
加工食品中心の生活の落とし穴
加工食品にはビタミンCが含まれるものの、同時に糖質過多や塩分過多、野菜不足などの“別の問題”が起こりやすくなります。
ビタミンCだけが満たされていても、食全体のバランスが崩れれば体調に影響が及びます。
壊血病が消えたことで「ビタミンCは気にしなくても大丈夫」という油断が生まれがちですが、現代の生活には別の形での偏りが潜んでいます。
炭水化物と糖質の違いや、栄養の歴史をまとめた以下の記事も、是非あわせてご覧ください。
壊血病が教えてくれる「多様な食事」の大切さ
壊血病が姿を消した背景には、野菜・果物の安定供給や、食品加工技術によるビタミンCの添加など、現代の技術と食文化の進歩があります。これは、偶然ではなく長い歴史と発見の結果です。
一方で、現代の生活はストレスや偏食などによって別の形のビタミンC不足を引き起こすことがあります。加工食品に頼りつつも、自然の食材から栄養を摂る意識を持つことで、健康のバランスを保つことができます。
壊血病という昔の病気を振り返ることは、私たちが現代の食生活を見つめ直すきっかけになります。多様な食品を取り入れ、無理のない範囲でバランスの良い食事を心がけていきたいものです。
関連記事:野菜なしでも平気?
近年では、「野菜を食べなくても問題ない」と考える人も少なくないようです。しかし、偏った食事を続けていると、現代でも壊血病のような栄養欠乏症になる危険性はあります。
私たちの常識となっている栄養の知識はまだ100年程しか歴史がなく、人々は近代まで様々な病気に苦しめられていました。
以下の記事では、野菜不足で引き起こされる可能性のある代表的な栄養欠乏症と、その対策に役立つ食材などをまとめています。バランスの良い食生活にお役立てください。


