不法滞在は犯罪なのか? ― 法的根拠・刑罰規定と運用実態の整理

不法滞在は犯罪なのか 社会

近年、不法滞在を「非正規滞在」と呼ぶようにしようという動きが見られます。これは在留資格のない状態を刑法犯のような犯罪とみなす「レッテル貼り」を避けるためとされています。

しかし、不法滞在は犯罪ではないのでしょうか?

本記事では、不法滞在という状態がどういうもので、それが法的にどのように扱われるものかを整理します。その上で、刑罰を与えず強制退去で済まされるケースを通して、刑法の在り方を考えます。

不法滞在は犯罪なのか

在留資格のない状態(不法滞在)を「犯罪」とみなすことは「レッテル貼り」なのでしょうか?

まずは不法滞在という状態と法的な規定を整理します。

不法滞在という状態

「不法滞在」は単なる状態を表す言葉ではありますが、その背景には日本の法令違反があります。

不法滞在とは主に

出入国管理及び難民認定法(入管法)に違反して日本に滞在している状態

を指します。

大きく分けると、次の2種類があります。

  1. オーバーステイ(在留期限超過)
    • 観光ビザや就労資格などの在留期間が終了したにも関わらず、日本に残り続けている状態。(最も一般的に「不法滞在」と言われるケース。)
  2. 不法入国・不法上陸
    • 正規の入国審査を受けずに入国した場合など。

例えば、

  • 正当な在留資格・在留期間がないまま日本に滞在すること
  • 入国審査を経ずに日本へ入ること
  • 偽造旅券や虚偽申請によって入国すること

などが入管法違反となります。

「違法」と「犯罪」の違い

ただし、違法と犯罪は同じではありません。

  • 違法:法律に反している状態・行為全般
  • 犯罪:法律で刑罰が定められている違法行為

例えば、契約違反は違法ですが、通常は犯罪ではありません。そのため民事上の問題として処理されるのが一般的です。

不法滞在は「犯罪」なのか

不法滞在は入管法で刑罰が定められているため、単なる民事上の違反ではなく、刑事法規に基づく違反です。

つまり、通常『不法滞在』と呼ばれる状態は、

入管法上の犯罪に当たる

ことになります。

不法滞在という語

「不法滞在」は状態を表す一般語であり、法律上の犯罪名ではないことには注意も必要です。

ただ、「不法滞在」という言葉は「入管法違反を犯している人」という意味で使われています。
そのため、一般に不法滞在と呼ばれる状態は、通常、入管法上の犯罪が成立している状態を指すと考えてよいでしょう。

行政法だから犯罪ではないのか ― 犯罪と刑法犯

入管法は、出入国や在留資格などを定める行政法的な性格を持つ法律です。
そのため、

在留資格がないことは出入国管理法(行政法)上の違反であり、刑事犯罪ではありません

のように説明されることもあります。

しかし、日本では行政法だから刑罰がないということにはなりません。

  • 道路交通法
  • 建築基準法
  • 食品衛生法

なども行政法的な性格を持ちますが、違反に対する刑罰規定があります。
刑法に限らず、法律で刑罰の対象とされている行為犯罪です。

  • 犯罪:刑罰法規によって処罰される行為全般
  • 刑法犯:刑法典に規定されている犯罪

「犯罪かどうか」を決めるのは、

その法律が刑罰を予定しているかどうかであって、
「刑法に書いてあるか」「行政法に書いてあるか」ではない

というのが日本法の基本的な考え方です。

不法滞在に対する「刑罰」の規定

出入国管理及び難民認定法では、不法残留(オーバーステイ)などについて、

原則として

  • 3年以下の拘禁刑
  • 300万円以下の罰金
  • またはその両方

が定められています。

(なお、法改正により従来の「懲役・禁錮」は現在「拘禁刑」に一本化されています。)

刑罰とは、犯罪に対して国が科す制裁です。その種類は刑法第9条で定められており、現在は死刑・拘禁刑・罰金・拘留・科料が主刑、没収が付加刑とされています。刑法以外の法律でも、違反行為に対してこれらの刑を定めることがあります。

行政法には、刑罰とは別に秩序罰として過料などが設けられていることもあり、これは犯罪でもなく、前科も付きません。

しかし、入管法違反に定められているのは「刑罰」であり、違反すれば犯罪となります。

不法滞在への対処実態

不法滞在に対する実際の運用としては、刑事裁判まで行われず、退去で終わる例も少なくありません。

例えば、

  • 観光で来日
  • 在留期限を2か月過ぎた
  • 他に犯罪歴もない
  • 自ら出頭した

このようなケースでは、

「刑務所へ送る」よりも、「帰国させる」方が行政目的を達成しやすい

ため、退去強制手続や、条件を満たせば出国命令制度によって帰国するケースが多くあります。

「刑罰を科すかどうか」と「退去させるかどうか」は別の制度・判断軸で処理されています。

刑罰は何のために存在するのか

刑罰が定められているのに執行しないケースがあるとしたら、刑罰は何のために存在しているのでしょうか?

本節では、刑法上の考え方を整理した上で、不法滞在に対する影響やその対処がどのように考えられているのかを確認します。

「応報」と「予防」の考え方

現代日本では、刑罰は「悪いことをした代償」とだけ考えられているわけではありません。
むしろ、社会全体の秩序を維持するための手段として位置付けられています。

刑罰の目的を大きく分けると、二つの考え方があります。

応報

これは最も直感的な考え方です。

悪いことをしたのだから、それに見合う苦痛を受けるべきである。

という考えです。

例えば、

  • 人を傷つけた
  • 財産を奪った

なら、それに応じた刑罰を受けるのが正義だ、という発想です。

予防

刑罰には、

  • 犯罪者が再犯しないようにする
  • 他の人が犯罪を思いとどまるようにする
  • 社会秩序を維持する

という目的もあります。
つまり、

刑罰は未来の犯罪を防ぐための制度

という考え方です。


現代日本の刑事司法は、

  • 応報(悪いことをしたことへの責任)
  • 一般予防(他の人への抑止)
  • 特別予防(本人の再犯防止)
  • 法秩序の維持

これらを総合的に考えて運用されています。

刑罰を与えないことの影響

例えば窃盗を考えてみましょう。
盗んだ財布を返したからといって、「もう刑罰はいらない」とは普通は考えられません。

なぜかというと、社会全体として

「盗んでも返せば終わり」

というルールになってしまうと、犯罪抑止が弱くなるからです。

このため、

  • 被害回復
  • 刑事責任

は別に考えられています。

法秩序に対する侵害という視点

また、犯罪は被害者だけに対するものではなく、国家の法秩序に対する侵害とも考えられています。

そのため、たとえ被害者が許したとしても、国家は処罰することがあります。

強制退去で済ませていいのか

不法滞在に対して刑罰を与えず、強制退去という行政措置だけで済ませてしまうと、

「強制退去で済むなら、とりあえず滞在してしまおう。」

という発想が広がりかねません。

そういった点も考慮され、日本では、退去強制になると、その後一定期間は日本への再入国が制限されます。

期間は事情によって異なりますが、一般には

  • 1年間(原則)
  • 5年間(強制退去の初回)
  • 10年間
  • 場合によってはさらに長期間

など、再入国が認められないことがあります。

また、法律に刑罰まで規定してあることには、

悪質なケースには刑事罰も適用できるようにしておく

という意味もあります。

なぜ刑罰を与えないのか

全員を起訴して刑務所へ送ると、

  • 刑務所の収容コスト
  • 裁判の負担
  • 執行後も日本国内に収容し続ける期間

など、多大な社会的コストが発生します。

したがって、実際の運用においては、

抑止効果行政コストのどこで均衡を取るか

という政策判断が必要になります。

日本の刑法の在り方

この構造は不法滞在に限りません。

例えば、無免許運転でも、

  • 常に実刑になるわけではない。
  • 罰金で終わることもある。
  • 執行猶予が付くこともある。

しかし、

「場合によっては重い刑罰になる」

という可能性そのものが、抑止力として機能することが期待されています。

非正規滞在という呼称

不法滞在を「非正規滞在」と呼ぶべきかどうかについては、現在も様々な意見があります。

しかし、その議論とは別に、一般に不法滞在と呼ばれる状態が入管法上の犯罪として扱われることや、犯罪者に対する責任追及は法に基づいて行われるべきであることは、日本の法制度の基本的な考え方です。

呼称や制度の是非を議論する場合にも、まずは法的な位置付けを正しく理解した上で議論することが、建設的な議論につながるのではないでしょうか。


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