現代のような栄養の常識が確立する以前の世界では、栄養が原因の病気が流行することもありました。
日本でも脚気(ビタミンB1の欠乏症)によって大勢の命が失われましたが、世界に目を向けると、同じような事例がいくつか見つかります。
ペラグラは、歴史の中で多くの人命を奪った栄養欠乏症の一つです。
本記事では、ペラグラが流行した歴史を振り返ることで、私たちの栄養常識のありがたさを再確認するとともに、改めて栄養バランスの大切さを考えます。
ペラグラとは
ペラグラはビタミンB3に関係した栄養欠乏症で、重症化すると死に至ることのある病気です。
現代の日本において、通常の食生活をしていて典型的なペラグラになることは比較的まれですが、極端に偏った食事、低栄養、吸収障害などがある場合には現在でも起こり得ます。
ペラグラが広まった時代・地域
ペラグラが医学的に認識されるようになるのは18世紀です。
ペラグラは、歴史的には
トウモロコシを主食化したヨーロッパ南部や、のちのアメリカ南部など
で流行し、特に大きな問題になりました。
特に有名なのがスペイン北部とイタリア北部でした。
スペインでは1730年代に医師ガスパール・カサル(Gaspar Casal)が、農村の貧しい人々に特徴的な皮膚症状を伴う病気を記録しています。
その後、18~19世紀になると、とりわけ北イタリアで深刻な社会問題になります。ロンバルディアやヴェネトなどの農村では、貧困層がトウモロコシを非常に多く食べるようになっていました。
その後1930年代になって、ナイアシン(ニコチン酸)がペラグラを防ぐ因子だと特定されます。
私たちの栄養の常識は、いつ頃からあるものなのでしょうか。
ペラグラの原因が判明した、1930年前後の歴史を整理します。
💡関連記事:栄養の常識はいつからあるのか ― 栄養欠乏症で何が起こっていたか
ペラグラ流行の歴史的な流れ
ペラグラ流行の歴史的な流れは、簡単にまとめると以下のようになります。
16世紀以降
メソアメリカからトウモロコシが旧世界へ
↓
18~19世紀
スペイン・北イタリアなどでペラグラが社会問題化
↓
20世紀初頭
アメリカ南部で大流行
↓
1910年代
ゴールドバーガーらが「食事が原因」と突き止める
↓
1930年代
ナイアシン欠乏との関係が解明される
新大陸で発見された新しい穀物「トウモロコシ」と共に、ペラグラも広がっていくことになります。
補足:メソアメリカとトウモロコシ
「メソアメリカ(Mesoamerica)」は、歴史・考古学・文化人類学で使われる「文化圏」の名称です。
おおまかには、現在のメキシコ中部~南部から、中央アメリカ北西部にかけて成立した、共通する文化的特徴を持つ地域を指します。
この地域では、異なる民族・国家が存在しながら、長期間にわたっていくつもの文化的特徴が共有されていました。ペラグラの歴史の観点では、トウモロコシという「作物」と、その作物を主食として利用するための「食文化・加工技術」がセットで発達した地域でもあります。
ペラグラの原因 ― 栄養素との関係
ペラグラは、主としてナイアシン(ビタミンB3)が体内で不足することによって起こります。
また、人間はトリプトファンからもナイアシンを合成できるため、トリプトファンの不足や利用障害もペラグラの発症に関係します。(後述:ナイアシンとトリプトファン)
トウモロコシにはナイアシンがありますが、その一部は
そのままでは利用しにくい形
で存在します。さらに当時のトウモロコシ中心の食事では、ナイアシンを体内で合成する材料となるトリプトファンも不足しやすい傾向にありました。
ナイアシンとビタミンB3の関係
ナイアシンとビタミンB3について、少し整理しておきましょう。
これらは、
ビタミンB3 ≒ ナイアシン
ナイアシン = ニコチン酸やニコチンアミドなど、ビタミンB3活性を持つものの総称
といった関係です。
単純化すると、
- ビタミンB3はビタミンB群の中での番号名で、
- ナイアシンはその栄養素の固有名
と考えるのが一番分かりやすいでしょう。
これは、ビタミンB1の有効成分がチアミンとして整理されているのと似ています。
- B1 ― チアミン
- B2 ― リボフラビン
- B3 ― ナイアシン
- B5 ― パントテン酸
- B6 ― ピリドキシン類
ナイアシンという名前 ― ニコチン酸はニコチンなのか
ニコチン酸という名称は、タバコなどの有害物質(ニコチン)を連想させますが、実際には
ニコチン酸とニコチンは別の物質
です。
ナイアシンは、この不適切な連想をさけるために1942年に提唱・採用された名称です。
NIcotinic + ACid + vitamIN
→ NI + AC + IN
→ NIACIN
つまり、ナイアシン(niacin)は化学構造から自然に決まった名称ではなく、既存のニコチン酸( nicotinic acid)という化学名を、栄養・食品の文脈で扱いやすくするために意図的に作られた名称ということになります。
現在ではビタミンB3を指す標準的な栄養学用語として定着しています。
なぜメソアメリカでは問題なかったのか ― 伝わらなかった調理法
トウモロコシの故郷であるメソアメリカでは、トウモロコシをそのまま粉にするのではなく、
トウモロコシ
→ 石灰や灰を入れたアルカリ性の水で煮る・浸す
→ 洗う
→ 挽いて生地にする
という伝統的な処理が発達していました。
これは nixtamalization(ニシュタマリゼーション)と呼ばれます。
トウモロコシに含まれるナイアシンは、その多くが人間には利用しにくい結合状態にありますが、
アルカリ処理するとこれが遊離
して、体内で利用しやすい形になります。(生体利用率が高まる)
WHOも、米大陸の先住民社会でペラグラが大きな公衆衛生問題にならなかった要因として、この石灰・灰処理を挙げています。
新しい穀物であるトウモロコシは広まったものの、その調理方法までは十分伝わりませんでした。
ペラグラの症状 ― 欠乏すると体はどうなるのか
ナイアシンはNAD/NADPという補酵素の材料となり、細胞のエネルギー代謝などに広く必要なので、深刻な欠乏が続くと皮膚・消化管・神経系など複数の組織に障害が現れます。
古典的には、ペラグラの症状は「3D」として整理されます。
- Dermatitis(皮膚炎):特に日光に当たる部分の赤み、荒れ、色素沈着など
- Diarrhea(下痢):消化管の障害
- Dementia(精神・神経症状):無気力、混乱、認知機能の障害など
※ここでいうDementiaは、現代的な意味での認知症だけを指すものではなく、無気力、混乱、認知機能障害、せん妄などを含む精神・神経症状を広く表した歴史的な整理です。
そして、治療されないまま進行すると、
4つ目のDである Death(死) が加えられ、「4D」と呼ばれることもあります。
脳は非常に代謝活動の盛んな臓器なため、深刻なナイアシン欠乏が続けば神経系も正常に働けなくなります。歴史的にはペラグラ患者が精神病院・精神科施設に収容されることもありました。20世紀初頭のアメリカ南部などでは、精神症状を呈したペラグラ患者が施設医療の大きな問題になっています。
ただし、「脳のエネルギーが単純に足りなくなるから、この症状が出る」という一対一の説明ではありません。ペラグラではトリプトファン代謝なども関係し、神経精神症状の仕組みはかなり複雑です。
補足:なぜ死に至るのか
脚気による心不全などと違い、ペラグラがなぜ死に至るのかは想像しにくいものです。
以下にナイアシンの不足から死に至るまでの流れの一例を整理してみます。
ナイアシン不足
↓
NAD/NADPを使う代謝が十分に機能しない
↓
細胞の代謝・修復・維持が障害される
↓
腸粘膜のような「常に作り替え続ける組織」が傷む
↓
激しい・持続的な下痢
↓
水分・電解質・栄養を失う
↓
脱水・衰弱・さらなる栄養失調
↓
循環や臓器機能を維持できなくなる
↓
死亡
ペラグラの下痢は水様便だけでなく、粘液や血液を伴うこともあり、慢性化することがあります。
消化管粘膜そのものが障害されるので、
「栄養不足だから食べればよい」という状態から、
食べても身体を立て直しにくい悪循環
に入り得ます。
さらに、皮膚や粘膜が傷めば感染症にも弱くなります。実際、未治療ペラグラの死亡については、継続する下痢・重度低栄養、感染症、神経学的合併症などが挙げられています。
被害規模はどの程度だったのか
ペラグラの被害はどの程度の規模だったのでしょうか。
ただ、当時の死亡統計には注意も必要です。農村部の死因統計が十分整備されておらず、ペラグラによる死亡が別の死因として記録された可能性も指摘されたりもします。
そのため、ここでは厳密な数値ではなく、
規模感を図るための参考資料という位置付け
で紹介します。
被害規模の参考数値
イタリアでは、1879年の全国調査で97,855人、1881年には104,067人のペラグラ患者が記録されています。特にロンバルディア、ヴェネト、エミリアなど北部農村に集中していました。
また、1910年にも1,312人がペラグラで死亡したと記録されています。
1906~1940年ごろのアメリカでは、研究によって多少数字が異なるものの、約300万人がペラグラを発症し、約10万人が死亡したという推計がよく使われています。
ピーク期には少なくとも25万人規模の患者が存在し、南部15州では年間約7,000人が死亡する状態が何年も続いたとする医学史研究もあります。
精神症状との関係でも、印象的な数字があります。
ジョージア州の州立精神病院では、1910~1913年の死亡の21%がペラグラによるものだったという記録があります。1915年には3,796人の入院患者のうち8.9%がペラグラ患者でした。
別の整理では、同施設で1913年には全死亡の約25%をペラグラが占めたともされています。
参考資料・出典
本節の数値は、当時の統計およびペラグラの歴史を扱った資料をもとに、 被害の規模感を把握するための参考値として紹介しています。 当時の疾病統計には、診断基準や統計制度、報告状況など現在とは異なる事情があるため、 数値については資料によって差があることにご留意ください。
- イタリアの患者数・死亡者数: Treccani「Pellagra」(イタリア語)
1879年の患者97,855人、1881年の104,067人、1910年の死亡1,312人など、イタリアにおけるペラグラの歴史的統計を掲載。 - アメリカの患者数・死亡者数: CDC「Achievements in Public Health, 1900–1999: Safer and Healthier Foods」(英語)
1906~1940年に約300万例、約10万人の死亡がペラグラによるものとされたことを掲載。 - アメリカ南部における流行規模: A. J. Bollet, “Politics and pellagra: the epidemic of pellagra in the U.S. in the early twentieth century,” Yale Journal of Biology and Medicine, 1992(英語)
流行のピーク時に少なくとも25万例、南部15州で数十年にわたり年間約7,000人が死亡したと報告。 - ミレッジヴィル州立病院の記録: Thomas F. Abercrombie, “History of Public Health in Georgia, 1733–1950”(英語)
1910~1913年の同病院における死亡の21%がペラグラによるものだったこと、 1915年には3,796人の患者のうち8.9%がペラグラ患者だったことなどを記録。
ペラグラの対策 ― ビタミンB3の摂取
ペラグラの歴史を知ると、ナイアシン(ビタミンB3)の重要性が改めて感じられます。
ペラグラ対策として、私たちは何からその栄養を摂取したらいいのかを整理してみます。
ナイアシンとトリプトファン
最初に、ナイアシンとトリプトファンについて整理しておきましょう。
トリプトファン(tryptophan)は、
ビタミンではなく、アミノ酸の一種
で、タンパク質に含まれています。
タンパク質は「アミノ酸の鎖」のようなもので、イメージとしては、
タンパク質
= アミノ酸―アミノ酸―トリプトファン―アミノ酸―アミノ酸―……
のような構造をしており、これが体内の消化過程で遊離し、吸収されるという流れです。
人間には、
食品中のナイアシン → そのまま利用
+
食品中のトリプトファン → 体内で一部をナイアシンへ変換
という二つの供給経路があります。
実際、日本の食事摂取基準でも、この二つをまとめた NE(ナイアシン当量) が使われ、
ナイアシン(mg)+トリプトファン(mg)÷60 = ナイアシン当量(mgNE)
として評価されています。
つまり約60 mgのトリプトファンを1 mgのナイアシン相当として扱っています。
出典:食事による栄養摂取量の基準(◆平成27年03月31日厚生労働省告示第199号)
何を食べればよいか ― 実用的なペラグラ対策
かなり実用的に単純化すると、まず意識したいのは
肉・魚・大豆製品・卵などのたんぱく質源
です。
特にナイアシンそのものを多く含む食品としては、
- 魚類(カツオ、マグロなど)
- 肉類(鶏肉、豚肉など)
- 落花生など
があります。
トリプトファンも摂取できる食品としては、
- 卵
- 乳製品
- 大豆
- 肉
- 魚
などの、良質なたんぱく質源が挙げられます。
したがって、
ご飯・パン・麺などの穀物だけ
↓
ではなく
↓
肉・魚・卵・大豆製品などを一緒に食べる
という意識が、現代日本の日常的な食生活でペラグラを防ぐうえでの、基本的な考え方の一つになります。
トウモロコシは危険なのか
ペラグラの歴史を知ると、トウモロコシは危険なのではないかと感じる人もいるかもしれません。
しかしペラグラの歴史は、
未処理のトウモロコシに食事の大部分を依存する
+
他のたんぱく質源などが乏しい
という問題でした。
そのため基本的には、たとえばトウモロコシを食べながら魚や肉、豆なども普通に食べている人が、「ペラグラが怖いからトウモロコシを避けよう」と考える必要はないでしょう。
問題だったのは一つの食品そのものというより、食事全体の構成と調理法でした。
私たちの生活と栄養
食べるものそのものに困ることが少なく、「野菜をもっと食べよう」「栄養バランスを整えよう」といったことが課題になる現代日本では、栄養素の欠乏によって命を落とすという状況は想像しにくいかもしれません。
しかし、極端な栄養の欠乏は、人の命を奪うこともあります。
大前提としては、何を食べて生きていくのかは、個人の人生における自由な選択ではあるでしょう。ただ、栄養の歴史を知ると、より体に良い選択肢の中から選べるようになるかもしれません。
現代の栄養学では、人間には様々な栄養が必要とされていて、全てを網羅的に学ぶことは簡単ではありません。何から学べばよいのか迷う方は、「歴史の中で大勢の人の命を奪った栄養欠乏症」から学んでみるのもいいかもしれません。
